一四四五時
「…、」
不二は思う。
彼がいちばん厄介な相手かもしれない、と。
民家の密集しているエリアが、逆に人と出くわさないという結論に達した不二は、大人しく一軒の民家の寝室で息を潜めていた。
けれど、その結論は、戦いを避ける人間にだけ適用されるということを、不二はたった今身を持って知らされていた。
出くわしてしまったのは、越前リョーマ。
「…どうしたの?センパイ。浮かない顔だね」
不意に出くわした後輩は、可笑しそうに笑って持っていた日本刀を手近にあったテーブルの上に置いた。カタ、と硬い音。
「ちょっとね…寝不足なんだ」
ふふ、と不二は笑ってみせる。
案の定越前はその落ち着き払った不二のリアクションが面白くなかったらしく、唇を尖らせて言った。
「余裕っスね。まあいいや。センパイ、選ばせてあげるから、どっちがいいか教えてください?」
「…何を?」
「今すぐ殺されるか、俺とエッチしてから殺されるか」
また越前は可笑しそうに笑ったけれど、不二にはどこまでが冗談でどこまでが本気なのか理解に苦しい。
多分、越前にしてみれば全部が全部、本気なんだろう。
彼はこういうところでも狂わない。
強すぎる、芯が。
強すぎて、もしかしたら最初からおかしかったのかもしれない。
「…何言ってるの、こんな所で」
軽くため息を吐いてみるけど、やっぱり越前は本気らしかった。
「ホラ、ちょうどベッドあるし。俺、ずっとセンパイのこと好きだったんスよ?」
クク、と喉で笑う越前。
「何だ。僕てっきり手塚が好きなのかと思ってたよ」
「センパイ鈍いんだよ。…で?どうするの?」
日本刀を得物にしている越前と、ナイフ一本の不二。
このまま殺し合いに持ち込めば負けるがどちらかは目に見えていた。
もちろん、死ぬのは不二だ。
「……いいよ。…その代わり、気持ちよくしてね」
不二が笑う。
どこかで狂ったような気分を味わいながら、不二はそっと、ベッドの端に腰を下ろした。
雨の音が耳障りだった。
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