一五〇三時



 英二は思う。

 忍足は、強くはない。
 でも、弱くもない。

 ほんの少しだけ、人より強がるのが得意なだけなんだ。と。だから、みんな気付かない。忍足が、どんなに突っ張って頑張って生きてるかってこと。






「忍足ィー、今日の夕飯オムレツでイイ?」

「何でもええよ。食えるモンやったら、な」

 そうやって意地悪く笑って見せた忍足に、英二は膨れっ面をしながら、今しがた近所のスーパーで買ってきた卵のパックを開けて冷蔵庫にしまった。
「失礼な!オレ自慢だけどタマゴ料理は上手いんだからなっ」
 忍足のマンションのキッチンで、英二は鼻唄を歌いながら、フライパンをコンロに乗せてスイッチを入れた。
(後はコンソメスープと、野菜サラダと。ああ、やっぱ日本人なら白いご飯でしょ。)
 思って炊飯器を覗くと、今朝英二が炊いたご飯がまだ残っていて、温めればいいやと思う。
「すげー、コレIHヒーターじゃん?」
 オレんちまだガスコンロだよ、なんて笑う英二を尻目に、忍足はリビングのソファに座ってテレビのスイッチを入れた。

 時間帯は微妙なせいで、また天気予報しかやっていない。あとは地元のローカル。そもそも忍足としては、この時間帯に家で、しかも手作りの食事を食べるのは久しぶりで、だから何だか落ち着かない。いつもなら適当に外食か、ホカ弁を買うか。
 とにかく一人だから特に気を使うこともなくて。
 けれど、そんな生活をしているということが英二にばれてしまったせいで、忍足は英二と一緒に夕飯を食べるハメになってしまった。

 英二いわくこれからも作りに来てくれるらしい。
 彼はいつもそうで、忍足が一人でいると気がついて構ってきて、うざったいくらいに傍にいて笑っていた。
(おせっかいやもんナァ、英二は)
 思いながらチャンネルを回すと、ちょうど明日の最高気温。
「明日天気ええみたいやで」
 キッチンに向けて言うと、英二の笑いを含んだ声が返って来た。
「マジで?じゃあさぁ部活とかないし、海行こうぜ!」
「ええよ。」

 笑い返すと、何だかくすぐったくなって忍足はひとりで苦笑した。
 父親と折り合いが悪いわけじゃない。ただ彼は彼で仕事が忙しくて、今は海外に単身赴任。母親は…顔も知らない。だから忍足はずっと一人で生活してきた。たまに親戚の叔母が顔を見にくる程度で。
 どうにかなると自分でも思っていたし、実際どうにかなっていた。

 けれど。

「忍足ー、卵ってトロトロ派?固焼き派?」
「トロトロー。」
「おっけー」
 慣れていないと自分でも思う。
 こういう、きちんと家に人間がいて、話し相手をしてくれて、それでいて、自分を慈しんでくれること。
 やっぱり、自然と苦笑が漏れて。
 心底思った。
 こんな自分でも一緒に眠ってくれる人間がいることが、幸せだということ。
 これは一生守らないといけないなと、冗談交じりに思った。




 今思うと、一生分の幸せをそこで使い果たした気分だった。




 
「…ねえ、忍足」

 寝ていたと思った英二が不意に喋って、忍足は「ん?」と適当な相槌を返した。
「オレ、見張ってるからさ、忍足少し寝ろよ」
「ええわ。俺、徹夜には強いんやで?」
 笑って見せた忍足に、けれど英二は真顔だ。
「マジで怒るぞ。」
 朝日が昇ったのだろうけれど、どんよりとした雲が空を埋めていて、ああ、きっと今日は雨が降るだろうなと、忍足はぼんやりと頭のどこかで思っていた。
「…ええって、俺は大丈夫やで?ほんまに」
 ぽん、と英二の頭を撫でたけれど、英二はそれじゃあ納得が行かないらしかった。
「…やだよ…オレ、守られるだけじゃイヤだ。強いわけじゃないけど、オレ、弱くないよ?守られるのはイヤだ。一緒に…戦えるよ」
 言ってくる英二の顔は真摯な目をしていて。でも、忍足は頷けない。
 怖いんだと、英二は分からないだろう。
 もしも自分が眠ってしまって、起きたときに英二が無事じゃあなかったときのことを。
 目が覚めて、隣にいないと、不安になる。
「…大丈夫だって、オレ、ずっとここにいるからさ」

 頑なな英二の言葉。

「…ほな…少しだけ、な」
 眠れるかどうかはわからないけれど、英二は納得しないだろうから…、と忍足は内心苦笑しながら頷いて見せると、そのまま英二の肩に頭を乗せて、そっと目を閉じた。



 英二の確かな呼吸が、耳に心地よかった。


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