〇三四六時


「…、」

 越前は、移動する足をふと止めた。
 理由は他でもない。

 銃声がしたからだ。

「…」

 軽く両手を耳に添えて、微かな音を拾ってみる。今乱入すればその場にいるメンツを皆殺しに出来るかもしれない。拳銃相手はどうなるかわからなかったけれど。

 でも、楽しい。

 試合前のあのワクワクする感じと似た高揚感を越前は感じながら、笑って駆け出す。微かな声がした。

 誰かは分からない。

 血のこびり付いた日本刀は、今は越前の手の中で笑んでいるようにも見える。それは確かにただの日本刀でしかなかったけれど、ただの刀だったそれは、越前の手で妖刀となりつつあった。人の血を吸って。越前はその刀を鞘から抜いて左に構える。すらりとした刀は、しなやかに風を切った。ひゅん、とラケットを思い切り振りぬいたときのような音。
 走り抜けると茂みが開けている場所に飛び出して、その開けた場所よりも真っ先に目に入ったのは芥川滋郎の背中だった。

「Just!」

 越前は迷うことなく笑ったそのまま、飛び出してきた勢いに任せて左に持っていた日本刀で芥川の背中に切りかかった。

――ザッ!

「…!」

 振り返ろうとした芥川は、けれど振り返ることもなく。越前の振りぬいた一撃で、地面へと倒れこむ。一撃必殺だった。倒れた拍子に地面に拳銃が転がって、それは偶然に手塚の方へと転がる。
「…ッ、」
 手塚は咄嗟にそれを拾うと、越前の方へとその銃口を向けた。月の光は黒光りするそれの輪郭を、キラリと光らせた。鈍いフォルム。
「…部長、助けた相手にそれはないんじゃないっスか?」
 クス、と越前は妖艶に笑って見せても、手塚はその険しい表情を崩すことはない。
 ただ、越前には手が震えているようにみえた。気のせいかもしれないけれど。
 新しい血を吸った日本刀は、その液体を月の光に輝かせる。
 その合間から見て取れる鋭い光。刃の輝き。
 越前は猫のようなしなやかな動作で、背中に背負っていた鞘に日本刀をしまった。
 手塚にはその動作の意味は分からなくて。

「何とか言ってくださいよ。」

 笑った越前の意味も分からなくて。
「…ていうか、何でこんなにバタバタ倒れてんスか?死にすぎですよココ。」
 少し離れた場所に千石を見つけて、越前は言う。千石に、切原に芥川に。
「まさか部長が殺したんスか?意外とやるね」
「…殺してなんかいない」
 殺すわけがない、千石を。
 越前もそれを分かっていて言ったんだろうけれど、今の手塚に冗談は通じなかった。そんな余裕もうないし、越前がそんなに楽しげに笑っている理由も分からない。ただ、彼が何らかの形で自分を殺そうとしているのは分かった。越前リョーマというのはそういう男だと、知っているから。

「…ねえ部長。俺はもっかいアンタと試合して戦って、それで勝ちたかったんだけど」
「…」
「駄目になっちゃったね。…アンタにテニスで勝つのが、俺の目標だったんだけど」
 はは、と越前は笑うと、はあ、とため息とも何ともつかない息を吐いた。地面を見つめて、それから空を仰ぐ。その顔には笑み。残念そうな、ちょっとだけ哀しそうな、ちょっとだけ、寂しそうな。
「…試合ならいつでもしてやる」
 ぽつり、と言った手塚に、越前は笑った。
「無理でしょ。一人しか生き残れないんですよ?それじゃあテニスはできない」
 クク、と越前はまた笑った。
 あの、試合前に見せる勝気でワクワクしてて、どうしようもなく暴れたそうなあの笑い。
「…だからさ、せめて俺が殺してあげるよ。部長は俺の獲物。ね?」
 言った瞬間。咄嗟に越前は小型のマシンガンをぶっ放した。背後に忍ばせていた、それ。
 ズダダダダダダダ、と鼓膜を揺するその音。大石秀一郎を殺したときに得た戦利品だった。
 手塚の体が、跳ねたかと思うと。
「…。」
 撃つのをやめた越前の前で、手塚は物みたいに、ごろりと転がっていた。
「The end」
 越前が笑う。
 トリガーを引いてみても、もうマシンガンからは弾が吐き出されることもなく。弾切れになったマシンガンを越前は放り投げた。ガシャン、と硬い重い音。
 あたりを見回すと、もう生きている気配のある人間がいない。興味がすぐに反れた越前が、背を向けて立ち去ろうとした。
 そのとき。
―ヒュンッ!
「…ッ!」
 空気を裂いたような音がしたすぐ後に、越前の右足首に軽い痛みが走った。

 咄嗟に振り向くと、そこには上半身を擡げた千石清純。
「…、っ、」
 手塚の仇か何かのつもりだったんだろうか。
 生きてたのか。なんて内心越前は思いながら、投げられたナイフを一瞥すると、手塚が倒れたときに転がした拳銃を拾い上げて、ためらいもなく一発を放った。

―パンッ!

 千石の頭部に命中したそれ。
 千石は呻く間もなく、脳漿を撒き散らしてぐたりと地面に臥した。

「…あーあ、切っちゃったよ」
 足首を見ると、紙で切った程度の軽い切り傷。笑いながら、越前はその場を後にするのだった。

 空を見上げると、どんよりとした雲の間から、朝日が顔を覗かせようとしていた。


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