一六三〇時
「手塚、そろそろ大丈夫じゃない?」
千石は薪の上の空き缶を覗き込んで言った。
匂いからして食欲をそそるし、ほくほくと美味しそうな湯気が空き缶から立ち込めていた。
「ああ、食べられると思うぞ」
意外とアウトドア派。そんな称号を千石に頂いてしまった手塚は、どこか拗ねたように木の枝を削って作った箸を千石に手渡す。そういえばそうだったかもしれないけれど、そう、手塚は山に登るのが好きだと言っていた。
「いただきまーす」
缶の中身は山菜の炊き込みご飯。
ここでもラッキーを発揮したのか、千石が廃屋になった民家の納屋から見つけてきた白米と、手塚がそこで拾った空き缶を駆使して、ついでに生えている山菜を摘んで、即席のごはんを作っていた。
手塚はもう一つの缶を器用に薪から取り出してつつき始める。
「…美味しいー」
ほくほくとご飯を食べる千石。
じつはそろそろ麻酔が切れてもう激痛モノだったりもしたんだけれど、手塚が心配するかなとかそれだけの理由で知らない振りをしていた。嫌な汗が滲みそうだったけれど、それはまだ我慢できた。
後で麻酔射さなきゃ。
デイパックの中の注射器をそっと確認して、千石はまた箸を動かす。まさかここでマトモな食事にありつけるとは思わなかった。手塚ってやっぱスゴイ。そう思って彼の顔を見ると笑いかけたのだけれど、手塚はきょとんとした顔をしていた。
ただちょっと、薪のけむりがあるから早めに始末して移動したほうがよさそうだったけれど。
またラッキーなのか日頃の行いがよかったのか、それとも神様の思し召し…は信じていないから、きっと自分の幸運だろう。そうやって偶然にも再開できた手塚は、ゲーム開始から誰とも会っていなかったらしく、無傷のまま森の中を歩いていた。
「ねえ手塚、オレさ、手塚のこと大好きなんだ」
「…。」
不意に言われて手塚は顔を赤くして黙り込む。もう端から見たらただのバカップルで軽くノリツッコミされてしまいそうなところだけれど、生憎今は殺し合いゲームの真っ只中で、そんなことをしてくれる人は誰もいない。
「…だからね、オレが死んだとしても手塚が生き残ってくれるとすごく嬉しいんだ」
「…何言って」
手塚が顔を顰めた。
「いいから聞いてて。」
反論しようとした手塚を、千石は宥めて話し続ける。
今言うべきことは言ってしまわないといけないと思ったから。
「これが終わったらさぁ…全部過ぎたことだったって思って、普通に生きて欲しいんだ。なんていうかさ、ほら、すっごく好きだから、離れたくないし他のヤツと一緒に過ごされるとちょっと悲しいけど、別にオレ手塚が生きててくれればそれだけで嬉しいし、手塚が幸せならオレも幸せなの。で、だからね、他に、例えばだけど、大人になって誰かと結婚して子供が出来て、手塚はプロの選手になるのかな、まあ何でもいいんだけど、そうやって過ごしておじいちゃんになって、そんで子供とかに看取られるっぽい感じで生きて欲しいんだ。いや、どうするかは手塚の自由なんだけど、オレはそうやってあってほしいなって思っていうか…ごめん、何言ってるかわかんないね」
手塚は呆然と千石を見ていて、だから千石は大丈夫だよって感じにニコッと笑ってみせる。
それが通じたかどうかは疑問だったのだけれど、言葉を続けた。
木切れの箸を手の中で転がす。
「だからね、結論を言うと、オレ、最後の二人になるまで手塚のこと守るから…いや、手塚も強いだろうから守ってもらわなくてもいいかもだけど、とにかく守るから、だからこのプログラムが終わって帰れたら、千石ってヤツもいたなって程度に憶えててもらって、幸せに暮らしてもらいたいの。オッケー?」
見ると、今度は手塚が目を赤くしていた。
知ってる、涙は零れないけれど、今にも泣きそうなのを隠したいのか知らない振りをしているのか、拭ったらバレると思ったのか。けれど千石は知ってる。
手塚は、これで案外涙もろい。
「…泣くなよー?」
ぽんぽん、と頭を撫でてあげると余計に手塚が眼鏡を外した。袖で顔を拭うと気丈にも顔を上げた。いつも試合で見せるよりも頼りない顔だった。
「…俺は泣いてない」
そんな強がりの一言に、千石は思わず笑ってしまう。
「手塚はオレが守るよ。」
笑った千石に、手塚は嫌だと言わんばかりに首を横に振った。
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