〇八〇五時
朝の放送も終わったころ。
「…っ、ッ」
森の真ん中で宍戸は鳳の死体になった抜け殻を必死に抱きしめていた。抱きしめるなんて高等なものではなかったかもしれない、それはもうほとんどしがみ付くみたいで。
(ふざけろよ、マジ…)
放送で鳳の名前が呼ばれた。
それよりも少し早く見つけた鳳の死体に、宍戸はその場から動けずにいた。
はじめは本当に身動きが取れなくて。
本当に。
立ち尽くしてしまった。
自分の、後輩。
たぶんそれ以上だったりしたけれど、もう何が何だかわからない。
『オレ、宍戸さんのことすごい好きみたいです』
屈託なく笑って、悪びれもなくそう言っていた。
あれは多分大会の帰り道だったと思う。
何気なく一緒に帰った帰り道、そう言った彼に、自分は何て言ったのだろう。
覚えていない。
覚えてはいなかった。
本音は言わなかった。
恥ずかしいのが先に立って、たしかはぐらかしたんだと思う。適当なことを言って冗談を言って笑ってしまった。
だから、まだ言っていなかった。
本音を。
(…ふざけろっつってんだよ、マジで…っ)
伝わらない、今言っても、きっと鳳には届かないんだろう。
後悔後悔後悔、後悔。
(マジごめんな、マジで、ゴメン)
想いが伝わらないことがこんなに苦しいことだとは知らなかった。喉が痛くて千切れそうだった。泣きそうな自分に気付く。
(お前、こんなに辛かったのに笑ってたのかよ)
あのとき、ただ冗談でかわした宍戸に、鳳は笑っていたのを覚えている。今思えば、ちょっとだけ寂しそうな笑いだった。
「…宍戸…?」
咄嗟に身構えて振り返ると、そこには跡部が立っていた。
「…鳳、殺られたんだってな…」
哀れみを含めた声色に、宍戸はそこまでこみ上げていた涙を袖でぬぐって立ち上がった。
「殺したやつ、知らねぇ?」
自分の武器は包丁だけれど、それでも刺せば人は死ぬ。
敵討ちぐらい、鳳もさせてくれるだろうと宍戸は信じたかった。
それぐらいしないと、やってられない。
本当に。
本当に。
「悪ぃけど、見てねぇわ」
済まなそうに跡部は言う。
どこか疲れたようなその顔は、不意に宍戸に聞いてきた。
「なあ、不二見なかったか?」
今日は天気がいい。
木々の間から漏れる木漏れ日は穏やかで、どこかから鳥のさえずりも聞こえていた。
こんな場所でも。
こんな場所なのに。
「いや、見てない。探してるのかよ」
「…ああ、」
その相槌を聞きながら、とにかく仇を探そうと、宍戸はデイパックを背負って立ち上がる。
「じゃあ、オレもう行くわ。」
「…気をつけろよ」
言った跡部に、宍戸は背を向けたまま片手を上げて見せる。
後ろから苦笑が聞こえた。
いつも、いつも見せる苦笑い。
それが脳裏に浮かんで。
宍戸は前のめりに倒れ込んだ。
何か乾いたような爆ぜた音を聞いたような気がしたけれど、宍戸はその音の主を知る前に絶命していた。
「…気をつけろっつっただろ、」
口の中で呟いた。
口の中が、渇いていた。
白い脳漿が辺りに飛び散るのを跡部は見届ける間もなくその場を後にする。
サイレンサーなんて付いていないから、銃声を聞きつけた好戦的な誰かがここに駆けつけてくるのはすぐだろう。
朝の放送に不二の名前は含まれていないのが、まだ救いだった。
――ガサッ、
「…!」
跡部が咄嗟に銃を構えて振り返ると、数メートル先に見知った後姿が逃げていくのが見えた。
岳人だ。
――パァ…ン
照準を合わせる暇もない、そのまま跡部は勘だけでトカレフを放つと、木々に見えなくなった向こう側から悲鳴が聞こえた。
もちろん、岳人のものだ。
休みの度に父親にハワイまで連れ出される跡部は、幾度となく体験していた。射撃を。射撃場の的は動かないから、実践に比べればお遊びみたいなものではあった。けれど、実際に撃ったことがあるのとないのとでは、適応が違ってくる。
鳳の残してくれた武器は、拳銃だった。
跡部もそんなに詳しいわけではないから、トカレフだとわかる以外、ナンバーも何もわからなかった。
実弾はあと4発。
弾が切れる前に新しい武器を得なければならなかった。
宍戸の包丁じゃあどうしようもないけれど、一応デイパックに突っ込んだ。
それから、さっき岳人を撃った場所まで歩いていく。
けれど、その場に岳人の姿は見られなかった。
草の上に点々と血が繋がっている。
当たったけれど致命傷にはならなかったのか。
けれど、医療設備のないこの島では、じきに失血死か、弱ったところを誰かが殺してくれるだろう。深追いは危ない。本能的にそう判断して跡部は急いでその場を離れた。
ポケットに突っ込んであった地図を引っ張り出す。
今いるのはCブロック。
他のメンバーが集まりやすそうな場所は、恐らくFブロック。集落があった場所だ。
まだ廃墟やら何やらが残っているはずだ。建物のある場所には本能的に近寄りやすいだろう。夜のうちに奇襲するべきだったかと、一瞬思ったけれど、夜間はあまり目立った行動は取りたくなかった。
暗闇だと拳銃は不利だ。
「…、」
地図をポケットに突っ込む。
残りの銃弾を確認してから、跡部は走り出すのだった。
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