二三五三時
怖い怖い怖い怖い。マジで怖いって。
岳人はパニック状態に陥った思考回路を落ち着けることも出来ずに森の中をさ迷っていた。支給された鎌を両手にしっかり握りしめて。
足が震える。
力が抜けそうになる。
不二裕太に殺されそうになった。
ついさっきの出来事が脳裏を掠めて、岳人は体が震えるのを止められない。風でざわめく木々にさえも恐怖感を抱いて、ふと、握りしめていた鎌の柄から手が滑ってしまう。
「…、」
鎌から手を離して、汗をかいている手のひらをシャツでぬぐった。手だけじゃない。額も。冷や汗って言うのか脂汗っていうのか岳人にはわからなかったけれど、暑くてかく以外の汗。
不二裕太に切りかかられた時、左腕を切ってしまった。ほんの少しだったから、止血してすぐに血は止まったし、何てことないような傷だ。
咄嗟に振り下ろした鎌は、キレイに不二裕太の肉をそぎ落とした。べろん。そんな感じだった。ぱたぱたと血が溢れてきて、肉の中のピンク色のとか白いのとか、とにかく色んなものが見えた。思い出して岳人は、一瞬吐き気を覚える。
「…」
初めて人を殺したけれど、殺したなんて実感もクソもないまま岳人は泣きそうになるのを唇を噛んで堪えていた。今泣いたらダメだなんて、理由も何もないことを考えて、岳人は鎌を持ち直す。
黄色いTシャツに、今はもうお気に入りのウサギのプリントが見えない。赤黒くこびり付くそれがシャツを汚していた。人の血って、赤いものだとずっと思っていたけれど、何だか黄色っぽい液体も一緒にこびり付いている。ああ、血じゃなくて体液かな。と、岳人はついこの間理科の授業で習った人間の体液の話を思い出す。
それから不意にシャツを買ったときのことを思い出した。誕生日の時に忍足と一緒に買い物に行って買ってもらったメンズのメーカーのシャツ。街のショップうろうろ回ってようやく決めたモノだった。
「…、ゆーし…どこだろ、」
もう汚れすぎて何のプリントか解らなくなってしまったシャツをぎゅっと握りしめて、不意にダブルスの相方の名前を思い出す。
何でもいい、いつもみたいに頭を撫でて欲しかっただけかもしれない。
とにかく会いたいと思った。
忍足に言ってないことがある。伝えたいことがある。
(まだ言ってないじゃん、好きだって。)
それから、岳人はまた歩き出す。
震える膝とか、どうしようもないのは解っていたけれど、せめて、泣くのはまだにしようと思った。
泣くのは、忍足に会ってからにしようと。
そう思った。
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