□五月三日、一日目


二〇二七時


「…いつもの執念、今いづこ。」

 切原は笑った。

 目の前にはたった今倒れ込んだ海堂薫。
 合宿は練習中以外は私服可だったらしく、他のメンツに漏れることなく、海堂もまた私服だった。
 白のトレーニングウェア。私服といっても所詮合宿だから、他の皆もそんなモノなんだろう。

 その白いウェアがじわじわと濡れていくのをぼんやり眺める。
 月明かりだけでは黒く濡れていくようにしか見えなかった。

(なーんて。ま、後ろからいきなりじゃ粘るもなんもないけどさ)

 海堂のデイパックを漁るために、切原は手にしていたライフルを背中に背負う。何でかこんな武器をあてがわれてしまったけれど、自分としては遠くから狙ってパン!じゃ味気ない。
 
 つまらない。

 もっと接近戦を期待していたのだけれど、まあ後々できるだろうと大人しく一匹目を仕留めたところだった。
 試合開始、猛攻でワンゲーム先取ってとこかな。声を立てずに大人しく笑って海堂の荷物を物色する。
 と。
 声を立てないつもりだったのに切原はつい笑い声を上げてしまった。慌てて辺りを窺うけれど、他に気配は感じられない。
 ひんやりとした感触のそれは、月の光りを浴びて銀色に輝くフォーク一本。
(…すっげーシャレ。)
 何気なくそれを手にして、切原は思う。
(ああ、いいねそれも)
 次に出くわした人間をフォーク一本で殺せるか、実験し隊。なんちゃって。
 思って腕にしていたデジタルの時計を確かめる。一時間以内にもう一人くらいは殺しておきたい。まだ皆本当に殺し合いが始まったという実感が持てずにオロオロしているはずだ。そこで一気に標的を潰す。
 強いヤツとは後々じっくり遊ぶってことでいいだろうと切原は残りの食料なんかをそのまま放って、立ち上がった。


 切原赤也。唯一ゲームに自主参加した男。







同時刻



「…っ、」

 英二は走っていた。

 森の中をひたすら駆け抜ける。そんなに音を立てているつもりもなかったけれど、静かな空気からは自分が小枝を踏み潰す音と上がった呼吸がうるさく響く。
 もし誰かに見つかったらと思ったけれど、それでも、いままで誰とも会っていないという事実が英二を油断させていた。

(…忍足、)

 名前を叫んでしまいたい衝動に駆られる。叫んで、体の中に溜まっている怖いものを全部吐き出したい衝動に駆られる。
 会いたいと思った。
 忍足なら何か良い策を考えてくれるような気がした。少なくとも、殺し合いはしないだろう、と。

 付き合うとか、そういう上等な関係じゃなかったけど、それでも、イチバン近くで笑って馬鹿やって触れ合ってくれたヤツ。あ、でもキスはしたことあるから、一応そういう関係なのかな。
 英二は今になってそんなことを思う。

 どうしてか、駅前のマックで暇を持て余して時間を潰していると、見つけて構ってくれた。
 いつも。いつもいつも。
 そういえば忍足マックのテリヤキ好きだったよな、なんてそういうどうでもいいことを思い出す。

「新曲入れた?」
「んー、ちょっとだけなー」
 通りに面したカウンター席で、忍足のMDウォークマンのイヤホンを片方だけ奪った。そのから流れるのはこの間出たばかりの新曲。
 忍足はトレーの上の塩辛いポテトをつまんでいた。
「あ、コレさーオレも欲しかったんだよね」
「ん?それやったらCD買うたからMDなら落とせるで」
「まじで?サンキュー」
 それから忍足の、滅多に親の帰らないマンションに上がり込んで朝までろくでもない話をしながらゲームにテレビにレンタルビデオ三昧。
 そういうのが案外楽しくて、ううん、忍足とだから楽しかったんだ。
 夏には公園で花火をしたりして、ロケット花火乱射なんて近所迷惑極まりない馬鹿もやった。何が面白かったのか自分でもよく分からないけれど、腹を抱えて大笑いしたのだけは確かだ。

 忍足の家のリビングのソファは、彼の親が旅行先で気に入って買ってきたドイツ製。
 デザインも可愛いけれど、座り心地も最高だった。体が気持ちよく沈む。
 そのソファで、並んでホームシアターで映画を観ながら、何度かキスをした。触れるだけのキス。

 どうしてだか自分でも分からない。
 雰囲気に流されたのか、はたまたノリだったのか、それ以外の何かなのか。
 でも、嫌じゃなかった。
 むしろ、もっとして欲しかった。

 ふわふわして、よくわからない気持ちだった。



 それで。


 不意に耳を突いた風の音に、英二は忍足のマンションから、名前も知らない島の森の中に戻される。
 相変わらず辺りは暗くて、木漏れ日ならぬ木漏れ月が微かに辺りの様子を英二に教えていた。一応夜目は効くほうだから暗闇でも困らずに走れる。

 不二はどうしてるだろう。気になる。なんせ親友だ。
 英二は内心思って、ポケットに入れてあるバタフライナイフをぎゅっとにぎりしめた。ステンレス製の柄が、指先の体温を奪っていくような気がした。希望とか、そういう温かい色んなものも、全部。

 他のみんなも大丈夫だろうか。
 きっと武器には飛び道具だってあるだろう、下手しなくても拳銃だってあるだろう。ナイフ一本じゃいざというときどうしようもない。
(…いざってとき?)
 誰かが殺そうとするんだろうか、自分を。

 にぎりしめたナイフの柄のリアルすぎる感触に、英二は足を止めた。
 肩で息をしているけれど、それほど苦しくはない。手塚様サマだ。普段あれだけ走っているんだから、もう陸上部も目じゃないくらい走れるわけで。だから、苦しくて、走れなくて立ち止まったわけじゃない。
 それは第六感というのか英二にはわからないけれど、試合中にもたまに感じる。勘、とか、そういうもの。
 どういう勘かは、いつもわからないけれど。

 ガサッ

「…、っ」
 森の中にいるせいで、一瞬どこから音がしたのかわからなかった。混乱しているせいもあったんだろう。
「…」
 思わず身構えた英二の前に、茂みから姿を見せたのは。

 忍足だった。

 いつも落ち着き払った様子は今も変わらなくて、それが英二を安心させる。
「よかった、オレ探してて…」
 忍足はその場を動かずに英二の方をじっと見据えていた。何を見ているのか解らないけれど、ただ真っ直ぐに。
 いつもみせるおどけた表情も、呆れたような苦笑いもどこかへ消えてしまったようだった。
 今はただ、見慣れない真顔。
 怖いくらいに真顔だった。
 真剣っていうのとは少し違う。何もない感じ。そう、何もない感じだ。無。虚無。
 どんより停滞した無じゃなく、澄み切って何もない種類のほうの、無。

「…忍足…?」




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