『葉書』





 土曜日に部活が休みというのも珍しかったのに、家族の中でいちばん初めに起きたのも珍しかった、それなのに、朝刊を取りに出た郵便受けの前で、もっと珍しいものを受け取ってしまった。
「はい、郵便です」
 タイミングよくやってきた郵便局のバイク。配達員から直接郵便物を受け取った不二は、彼に礼を言って家の中へと戻っていく。その傍ら、ダイレクトメールとそうでない郵便物の仕分けをしていたのだが、玄関先でサンダルを脱いだ足が、ふと止まった。
 ざらりとした葉書の手触り。

「…らしくないにも程ってもんがあるよなぁ」

 ゴミでもつまみ出すようにして郵便物の束の中から一枚の葉書を取り出す。
 ドイツからのエアメイル。観光客向けの絵葉書に、殴り書きのような一文が書かれていた。
『8月12日 JAL1042便 17:30』
 よほど慌てて書きなぐったと見えて、最後の数字の『0』はひしゃげて横倒しになっている。

「…?」
 それ以外には何も書かれていない葉書をつまんだまま、不二は呆れたようにつぶやいた。
「これで帰ってくるってこと?ていうか、この5時半っていうのは着なの発なの…調べろってことか」
 ぶつぶつ言いながらリビングに入っていくと、ちょうど起きたばかりらしい姉と鉢合わせをした。彼女はパジャマ姿のまま、マグカップを片手にソファで天気予報を見ている。
「何よ、ぶつぶつ言って」
「…んー、ちょっと独り言。ねえ、今日って何日だっけ?」
「12日よ」
 ほら、と指をさされたカレンダーは、きちんと間違うことなく12日、土曜日だった。

「…今日じゃないか」

「何が」

「跡部が帰ってくるみたい」

「へぇ。アンタの彼氏、留学先ドイツだっけ?一時帰国?」
「そうじゃないの?…ちなみにその彼氏っていうのやめてくれる?」
「だって彼氏じゃない。変な性癖の弟のダーリン、イコール彼氏」
「…」
 この姉に何かを言っても無駄だということを思い出した不二は、憮然としたままリビングを出て行った。
 そもそも高校に入って部活が忙しかったのだ。やっと土曜日の休日を得られたのにも関わらず、それを跡部のために割かなければならないというのはどうにも癪だった。勝手にドイツに留学に行って連絡の一つもたまによこしたと思えば、これだ。

(だいたい、郵便じゃなくて電話の一本…最低メールの一通でも入れればいいのに、何考えてんだ、あいつ)

 分かっている。
 別に、迎えに来いなんてことは一文字たりとも書かれていないのだ。

「…あー、ムカツク」

 自分の部屋に戻り、パソコンのスイッチを入れる。
 葉書に書いてあった航空会社のサイトを検索して、例の17時30分が着なのか発なのか調べながら、不二は傍らに置いておいた跡部からの葉書を、またゴミでもつまむように指先で持ち上げた。
 そうしてそれを、ためらいもなくクシャクシャに丸めてゴミ箱に投げ捨ててやる。
 コン、と空のゴミ箱の底に紙くずがぶつかった音がした。

 せめてもの腹いせのつもりだったが、きっと跡部は痛くも痒くもないのだろうと思うと、やっぱりそれも癪だ。


「周助ー、空港行くなら車出してあげようか?」
 リビングにいたはずの姉が、ノックもせずに断りもなくドアから覗き込んでくる。
 だからさっきリビングから出てきたときと同じように憮然とした顔のまま、彼女に言い返してやった。
「別に、迎えになんか行かないよ、あんなヤツ」
「ふぅん?…ま、いいけど。ああ、目玉焼き焼くけどアンタも食べる?」
「うん」
「すぐ焼けるから降りてきなさいね」

 ぱたんと閉じられたドアからパソコンのディスプレイへと視線を移し、それを睨むように見つめていた不二は、数秒もたたないうちに、あきらめの溜息を漏らして椅子から立ち上がった。
 そうしてドアを開いて、階段を下りてゆく姉の後姿に声を掛ける。ひとかけらのあきらめと、大半の譲歩を伴って、だ。

「…姉さん、やっぱり車出して」

 振り返った姉の顔が、『やっぱりね』と言いたげな顔だったから、不二は面白くなさそうに「目玉焼き、半熟でね」と良く分からない文句をつけてしまった。

 そうして部屋に引っ込み、手早くパソコンのスイッチを切って、クローゼットから着替えを出し、パジャマを脱ぎ捨てながら、会ったらどんな文句をいってやろうか頭の中で考えはじめる。
 なかなか良すぎる罵倒が色々と浮かんできた不二は、いっそのこと全部言ってやろうと心に決め、洗い立てのTシャツの襟から首を出した。


 本当に、今日は癪な一日になりそうだ。









20050804
END

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