『軒下』




「…だからコンビニで傘買おうって言ったのに」

 唇を尖らせて気持ち拗ねたように呟いた不二は、店の軒下から空を覗くようにして言った。駅から歩いてくる途中で濡れたせいで、髪の毛は湿ってぺったりと頬や額にくっつく。それが気持ち悪かったようで、彼は指先で髪をのけながら隣の跡部を見やった。

「ここまで土砂降りになると思わねぇだろ」
「僕は思ったよ」
「そーかよ、悪かったな」

 さほど悪いとも思っていないくせに、面倒そうに謝罪の言葉を述べるものだから、不二はいよいよ面白くなくなって、手にしていたビニールの袋を居心地悪そうに持ち直す。普段なら一緒に買い物など行かないのに、予定が空いていたために珍しくセールに行った帰りだった。
 疲れると不機嫌になる癖はない不二だったが、どうにも、彼のまではそうなってしまう。
 どうしようもない性格は、どこまで行ってもいつまでたってもどうしようもない。それでも、彼に不機嫌をぶつける前にそんな自分に呆れてしまうことは出来たから、気を取り直して跡部に袋を押し付けた。
「僕、走って傘買ってくるよ。ちょっと待ってて」
「こんだけ降ってんだから、傘買いに走っても買わなくても変わんねぇだろ。ずぶ濡れになるぞ…もうなってるけど」
「…だって、いつ止むかわからないじゃないか」
「…、」
 そう反論され、困惑顔を返した跡部を少しばかり見上げる形で、不二はふと、思いつき笑った。

「じゃあ、このまま帰ろうか。歩いて十分もかからないし」
「ずぶ濡れになるだろ」
「もう十分ずぶ濡れじゃないか」
「風邪ひく」
「夏だし、大丈夫だよ。帰ってすぐお風呂入れば。それとも何?こんなんで風邪ひくほど君は軟弱なの」
「…帰るぞ」
 不二の言葉に憮然と軒下を出た跡部は、叩くように降ってくる雨に顔をしかめる。見上げると点のように降ってくる雨は久しぶりに見るような気がした。幼い頃、傘を持っているのにも関わらず傘をささずに帰った学校の帰り道だったかもしれない。
「ねー、小さいころみたいで楽しいね」
「…あっそ、よかったな」
 どこか呆れたような口調でそう言い返した不二を、あながち馬鹿にも出来ない気分だった跡部だけれども、それはおくびにも出さずに、不二がいつもそうしているように、上を向いて歩いていく。
 となりでは、不二が同じよう上を向いて歩いている。二人揃ってそういうことをするのは些か間抜けなような気もしたが、すれ違う人もいないので、まあいいかという気にもさせてくれた。

「見て、前髪から水が垂れてくる」

 自分の前髪を指差して、心持ち寄り目になった間抜け顔の不二を横目でみながら、跡部は顔をしかめて笑った。どうしようもない間抜けな顔だったのだが、それを本人に言っても拳が飛んでくるだけなので言わずにおく。

「帰ったらさー、お風呂入ってからこの間の全米オープンのビデオ見ようよ」
「俺もう見たぞ」
「別にいいじゃないか、二回見たって減るもんじゃないし」
「…ま、いいけど。勉強会がてら」
「…手塚みたいなこと言わないでよ」
「うっせ」

 軽く殴る仕草をした跡部の手を掻いくぐってひらりとかわした不二は、可笑しそうに小さく笑って一歩後ろを歩いている跡部を振り返った。跡部はただ、いつも通りの苦笑いを返してくれたから、不二も珍しく苦笑いを返す。

「ねえ、虹が出るかな?」
「は?夕立なら出るだろうけど、普通に雨だから出ないんじゃねぇの」
「…そっかな。この間の雨のときは虹が出てたよ」
「…じゃあ出るかもな」
「案外いい加減だなぁ」
「…ほっとけよ」

 拗ねたように水溜りをつま先で蹴飛ばした跡部の珍しい幼い顔が可笑しくて、思わず不二は笑ってしまう。そんな不二を睨んだ跡部は、けれどもいつも通りにあきらめたような微妙な苦笑を浮かべてくれた。
 雨でびしょびしょに濡れながら、跡部を真似て不二も水溜りを蹴飛ばす。

 透明なしぶきがきれいに跳ねたのを見た不二は、上機嫌で一人笑った。






20050717
END

BACK


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送