『敵』



 特別、付き合いにくい人間と言うわけでもなく、むしろ当たり障りがない、というのが第一印象。それが表向きの性格として崩れることは未だにないのだが、ただ、彼の本性と言うものが表向きとは別に潜んでいることは、二年生の終わりごろからようやくつかめてきたような気がした。
 というのは大石の個人的な見解で、ダブルスの相方でもある菊丸英二にしてみれば「アイツは昔から猫かぶりだから、いまさらだよ」というところらしい。

 人付き合いが特別得意とは言わずとも、苦手ではない大石にしてみれば味方にいてくれればやりやすく、敵にいればこの上なくやりにく、不二周助と言う名の彼はなかなかの曲者だった。





「手塚って、ストイックと見せかけてただのむっつりっぽいよな」
「…どういう意味だ」
 いつものように面白そうな顔をして手塚に絡んで遊んでいた不二だったが、この日に限って言えば手塚はいつもより嫌そうな顔をしたし、適当に不二をいなしてくれるはずの菊丸は家の用事で早めに部活を抜けていた。
 だから部室には他の部員と菊丸以外のレギュラーがいて、それがどうだと言うわけでもないのだが大石はしまったという後悔の念がなぜか浮かんできた。自分でも良く分からない部類のものだ。
 もちろん乾は関わった結果がいいものではないことを散々他のメンバーを参考にして熟知していたし、河村も河村で家の手伝いがあるらしく早々帰り支度を済ませて部室を出て行った。かろうじて桃城が何か言うべきかと考えた素振りを見せなかったでもないが、自分が口を出した結果を賢明にも予想したのか、そのまま黙って制服に着替えている。海堂はいつも通り黙視。
 結果残ったのは越前だったが、彼は彼でいつも通りのマイペース、自分が興味を引いた話題には首を突っ込む体質が功を奏してか面白そうに不二と手塚のやり取りを傍観しているだけだった。
 もちろん他の部員たちはレギュラーの会話に加わわって痛い目を見るのはごめんらしく、各々当たり障りのない雑談をしながらいそいそと帰り支度を始めている。
「どういう意味って、そのまんまだけど」
 可笑しそうに笑って肩をすくめた不二の動作を、日誌を書くかたわら盗み見ていた大石は、内心頭を抱えたいような気分で黙々と今日のトレーニングメニューを書き込んでいく。このままだと手塚が痺れを切らして究極に不機嫌になるか、さもなくば手塚の不機嫌なリアクションに機嫌を損ねた不二が何かをしでかすか、とにかくどっちにしろ良い結果にならないのは目に見えていたものだから、中立的な立場の大石としては気が気じゃない。
 そんな風に胃を痛める大石さえも面白いのか、越前は着替えを終えると帰るそぶりを見せずにそのままベンチに座って不二と手塚のやりとりを眺める始末だ。
「案外、ベッドの下とか古典的な場所にAV隠してそうじゃない?ねえ、大石」

(…!)

 どうして自分に振るんだ、という大石の心の叫びを、この場に居合わせた誰も聞き取ってはくれない。内心顔を引きつらせつつも、当たり障りのない顔を向けた大石は「さあ、どうだろうな」というある意味いちばん差し障りなく、ある意味いちばんどうとでも取れる返答を余儀なくされてしまう。
 もちろん不二が受け取ったのは後者のほうだった。
「どうかなって、絶対隠してるよ。今度貸せよ、親友のよしみでさ」
「何がよしみだ。大体俺にそんな趣味はないぞ」
 いつまで経ってもにこやかに笑う不二に対して、手塚はいつも以上に眉間に皺を寄せて憮然と言い放つ。
「まあいいけどね。でもさぁ手塚って、前々から思ってたけど、手つきとか結構エロくない?」
「…、」
「グリップ握るときとかさー、指先とか。ねえ、大石?」

(だからどうしてこっちに振るんだ、何か恨みでもあるのか不二!)
 というようなことを、いっそのこと口に出してしまえればどれほど楽かと、かみ締めながら口から出たのはただの「さあ…どうだろう」という言葉だった。見れば見るほど、手塚の機嫌が悪くなっていくのは、きっと気のせいではないのだろう。

 大石にとって、部室の中の唯一の敵は不二だった。
 彼は味方にいればこの上なくやりやすいが、敵に回せばこの上なくやっかいだ。


→2

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送