『式』




 ノートの上をペンが走る。その文字の形も整っていて、ペン先を運ぶ指の形も節がきれいに浮かんでいて理想的。数式を書き連ねていくその頭はそこそこの出来だ。しかも勉強をそこそこしただけだというのに学年順位の上位と言葉を濁しきれないくらい、つまり主席次席の次元と言うの争いをしているはずの出来。
 伏せたまつげが予想しているよりも長いことに、初めて見たときに驚いた。
 形のいい唇が何か言っているけれど、理解不能。
 鼻筋は通っていて、顔も全体的に上の上…は言いすぎだけれど上の部類に食い込むのは必至。公式試合練習試合問わずフェンスに張り付いている女の子たちは正直うるさい。見るなとは言わない。でもそれは僕のだから、触るな。腕に絡みつくな。じゃないとその馬鹿が勘違いして君の身が危ない。という忠告を無視する輩が最近多いのが腹立たしいわけだ。
 
 その腹立たしい張本人は、すらすらと数式を書き終えてふと顔を上げた。
 少し日本人離れした目の色だと、光が射したときにだけ気がつくんだ。でもそれについて尋ねたことはない。
 
 大富豪と言うわけではないけれど、父親は大手外資系の重役ポストなので上流階級に食い込むだろう経済力。テニスは全国区で、性格はただの馬鹿だけれどこれで案外世話好きだ。ちょっとやそっとのことで腹を立てることもないことを考えれば、そこそこ懐が広いと言ってやってもいいかもしれない。多少の譲歩だ。
「…跡部ってさぁ」
 頬杖をついて、僕はそのどちらかというと馬鹿みたいに数式しか考えていなさそうな顔で「何」と視線をくれた顔を鼻で笑った。
「嫌な男だよね」
「…てめェケンカ売ってんのか?」
「褒めてんだよ。褒め言葉さ」
「お前、俺が今説明したの、自分でもう一回言ってみろよ」
「うん、ごめん聞いてなかったね」
 にこっと笑って謝罪を述べたのに、跡部ときたら心底あきれてもの申す気力も萎えましたという顔でため息をくれる。君と一緒にいていちばん多いプレゼントはため息だ。いや、呆れ顔か苦笑いかもしれない。失笑かも。
「あのさ、せっかく教えてくれてるところ申し訳ないんだけど」
「…」
「あきた」
「………だよな」
 一瞬だけ何かを言おうとしたらしい跡部は、けれど全てをあきらめ去ったらしくペンを置いて頷いた。僕が長時間跡部の講義を聞いていられないという数多くの前例を考慮しか結果だろう。たとえテストの三日前だろうとあきるものはあきるのだ。跡部の説明はこの上なく理解しやすいのに、どうしてだろう、この上なく眠くなるんだよね。

「どうして数学できるの?」
「必ず答えが出るから、楽しくね?」
「僕も数学は嫌いじゃないけど、多分君ほど好きじゃないな。ああ…でも答えが出るのが楽しいって気持ちは分かる。きちんと公式に当てはめていくと、きちんと答えが出る。パズルみたいだから。…あーだから跡部って、ロジックとかクロスワードとか好きなんだね」
 たまに懸賞付きの雑誌を買って暇つぶしに使っているのを、この部屋で何度も見たことがある。読みたい本がないときは、そうやって時間を潰しているんだろう。
 うん、大した欠点がないうえに、読書も好きで博識って、やっぱり君は嫌な男だ。
 男の目から見て、だよ。

「公式みたいなのがあるの?」
「…はぁ?」
「たいして欠点もない嫌な男の行動マニュアル?みたいな」
「…んだよ、それ」
「後学のために」
「…」
 なんだい、その呆れて物申す気力も萎えました典型パターンその二の顔。
 跡部はどうでもよさそうにため息を吐いて、またノートに数式を書き始めた。順を追って省かずに経過の式を書いているところを見ると、多分僕の説明要なんだろう。嫌いなんだよ、関数関連は。
「それよりさぁ、嫌な男になるための公式とかないの?教えろよ」
「あのなぁ…ねェよんなもん」
「けち」
「このタイプの問題だけど、必ずaとbが…」
「無視?」
 ひょい、と跡部を覗き込むと、彼は渋い顔をして「うるせぇな」と言った。
 そうして手の平でハエでも追い払うような仕草をみせて、また数式を書き込んでいきながら「だからaがここにbがこの数字になるから、そのとおりに当てはめれば簡単に」と続けるのだけれど、僕がじっと睨んでいるからかそれ以外の要因があったのかは、僕には分からない。
 ただ、ふとノートから顔を上げると跡部は面倒そうに言った。

「…お前も十分嫌な男だろ」




END
20050408

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