『差』



「この間の健康診断でさぁ、英二と並んだんだ。アイツ最近伸び悩んでるみたいで、すごい悔しがってたよ」
「へえ」
 高校で年度が変わってすぐの、どこの学校でもやる健康診断。
 最近不二がやたらにこだわる身長の話だった。
「そいや忍足も最近伸びてねェな、あいつ元々デカかったから」
「へー、で?跡部は何センチだった?」
「…さあ、忘れた。」
 というのは嘘だ。
 嘘だったが、実際の数字を言って不二が食って掛からないワケがないという跡部の心遣いだったのだけれど生憎、彼にそんなものは通用しなかった。
「…また、伸びやがったな」
 彼らしかぬ口調で憎憎しげにそう言ったのを、跡部は右の耳から入れて左の耳から逃がした。ここしばらくそういうことに固執しまくっていた不二が、また一方的にケンカのネタを吹っかけてきただけのことだと、雑誌をめくって次の休みに買い物でも行きたいなと一週間後の休みに思いを馳せる。
 ただ、不二がいつも通りに引き下がらなかったというだけのことだ。
「起立」
「は?」
「きりっつ!」
 豪い剣幕で言い放った不二の口調はさながら軍隊のようだったのだが、それくらい、彼にしてみれば重要なことらしい。
 跡部は逆らっていいことがあった例がなかったものだから、あきらめて雑誌を閉じると早々と直立不動に立っている不二に向かい合うかたちで立ち上がった。
「…んだよ、うっせぇな」
 言いながらも跡部は不二に指図されることもなく、机の上に乗っていた三十センチ定規を手にとって手渡してやる。プラスチックのシンプルな定規は、多分無印良品かどこかで買ってきたものだ。滅多に使われることのない定規が最近に限っては不二が身長の差を確かめるという妙な用途で酷使されている。
 本来のメモリを使った図り方でもなく、平らな面でお互いの頭の差を確かめるだけのものだ。
「跡部もう少しあご引いて…あー、引きすぎ」
「…いーだろたかが数ミリ」
「たかが数ミリされど数ミリだよ」
 ぶつぶつ真剣に呟きながら不二は跡部と額をつき合わせる。
 普通背中合わせになるものだろうと、一度跡部が言及したときに「見えないところで背伸びされたら嫌だろ」と食って掛かる始末だったものだから、もう跡部は何も言う気になれなかった。

 高校に入って、二人の身長が殆ど違わなくなった。
 跡部があまり伸びずに不二が驚異的なスピードで伸びた結果だ。百七十センチ後半で競い合う現在、正直なところそろそろ高校二年ともなってお互いに伸びも穏やかになってきたこの頃。
 争うほども伸びていないのだけれど、不二はそのかたが数ミリにひどく固執する。
「うわ、やっと抜かせたと思ったのに」
「…お前今何センチ?」
「七弱」
「俺今七十八で止まりそうだから、お前もそろそろ止まるんじゃねェの」
「僕のイトコは大学入ってからも伸びたって言ってるから、まだ分からないじゃないか」
「つーかお前が俺超えても何も徳ねェだろーだよ。そもそも今の時点で伸びすぎ。中三のとき六十台だっただろ」
「成長期さ」
「…遅いんだよっつーか今更だな」
「人によるだろ、そんなもの。越前は今、中三のときの僕と同じくらいの背だよ。越前だって僕くらいになるかもしれない」


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