尾羽



「…何してんだよ」
 不二がベランダでしゃがみ込んでいるのはいつものことだったけれど、今日に限ってはぼんやりしている訳でもなく、何かを熱心にしているような後姿だった。ただ、後ろから見る限りでは彼が何をしているのか良くわからなかったということ。
「スズメに餌あげてるんだ」

 答えた不二の隣に並ぶと、ちょうど彼が手のひらから米粒を撒いているのが見て取れた。
「米?」
「そう、少し古くなったお米。母さんが捨てるとこだったからもらったんだ」

 最近のスズメというものは人馴れしているのだろうか、不二が米をまいたそばからすぐどこからともなく飛んできて啄ばみ始める。
 集まり始めたスズメを眺めながら、跡部は何をするでもなく不二の隣に座り込んだ。
「冬のスズメって、あんま見ねぇよな」
「そうだねぇ、やっぱり寒いのがいやだからどこかに隠れてるんじゃない?」
「…ふーん」
 たぶん、根拠も何もないのだろう不二の言葉に納得するでも反論するでもなく跡部は曖昧に頷く。

「跡部は、尾羽って知ってる?」
「鳥のしっぽの羽」
「そりゃそうだけど…あれって、飛んでるときは舵の役目したり、止まってるときはバランスとったりするんだ。あれがないと上手く生きられないんだ」
「ふーん」
 
 不二の手のひらから、一つまみの米粒を取って跡部は自分のそばに撒いた。
 すぐに数羽のスズメが寄ってきてそれを啄ばむ。
 ちょこちょこと跳ねて寄ってくる様を眺めながら、何気なく不二がいつものようにその理解不能に近い小言を垂れ流しにするのを耳に入れてみる。
「君がスズメだったら、僕は迷うことなく尾羽をちょん切ってやるんだ」
「…」
 今日も頑張って跡部はその、跡部だったりそのほかの周りだったりが言うところの理解に困る言及を無視しようとはしたのだけれど、生憎不二周助はいつものようにそれを許さなかった。
「舌きりスズメでもいいけど」
「…どうしてそうやって物騒な方向に持ってこうとするわけ、お前」
「君が無視しようとするから」
「しねェよ、しねェから舌は切るな」
「舌は切らないけど、尾羽は切ったら可愛いと思わない?」
「…どこをどうやったら可愛いって単語が出てくるのか是非説明してほしい」

 うんざりした気分にさせられるのはいつものことだったから、跡部も特に気にすることもなく、また不二の手のひらから米粒をつまんで、自分の周りをちょんちょん飛び跳ねて餌を探しているスズメにその米粒をくれてやる。

「だって、切ったらバランス取れなくなるんだろ。よろよろして、僕の手助けなしじゃマトモに動けない跡部って、何か可愛いじゃないか」
「…」
 思わずうな垂れてしまいそうになった跡部は、重力に逆らって頭を上げると「可愛くねぇよ」とせめてもの反論を試みた。のだけれど、それは不二にしてみればどうでもいい程度の言及だったらしい。彼は屈託なく笑って惨いことを口にした。

「僕の手助けなしじゃ生きられない君って、すごくいいと思うよ」
「…、」
 反論する気力も奪われた跡部は、思わず自分が指先につまんでいた生の米粒を食べて飛んで行きたいような妙な心境に立たされて、我慢していた頭を抱えた。そうして恨めしげに顔を上げて、呆れたように隣の猛威に言ってやる。

「お前に手助けされるくらいだったら死んだほうがマシだ」
「えー…いいじゃない。別に」
「つーか、まともに動けないって想像以上に面倒だぜ?」
「たとえば?」
「メシ食うのも風呂入るのも着替えるのも、トイレ行くのも介助付き」
「…いいじゃないか。ウンコは嫌だけど」
「…ウンコ言うなっつーの」
 相変わらず論点が違うのを、とがめる気にもなれずに跡部は不二が手のひらから最後の米粒を撒くのを見ていた。

「ああ、じゃあアレだな」

 何か思いついたようにそう言った跡部を、不二は隣で不思議そうに眺める。かすかに首を傾げる様がどこか動物めいていて、跡部は思わず笑ってしまった。

「ヤるときも、マグロだぜ?」

「…おえ」
 口元を押さえて吐く真似をしてみせた不二の後頭部をひっぱたいて、跡部は立ち上がった。そうしてベランダから中に入ると珍しくウンザリした顔の不二を、意地悪い笑みを浮かべて振り返る。
「どうした?」
「マグロな君を想像して吐き気をもよおした」
「うっせーよ」
 
 くつくつと笑いながら不二の部屋へと戻っていく跡部の背中に、彼がやっぱり珍しくしかめっ面で言い放った。

「…おえー!」

「…うるせぇよっ」

 結局は跡部も眉を潜めて言い返すしかないわけで、ついでにといわんばかりに「おえっ」と連発する不二の頭を、もう一度思い切り引っぱたいた。




END
20050311


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