「…いつまで拗ねてんだよ」
 
 その、嫌というほど聞きなれた呆れ返った彼の声。
 それがすぐ真後ろで聴こえたものだから、不二は驚いて振返った。

「危ないよ、こんなところに上って」

「お前だって上ってんだろ。お前の叔母さんがスイカ切ったから縁側で食おうって」

 跡部というものは、いつだって自分のことを扱うのが面倒な動物か何かのように思っているのだと不二は信じきっていたし、現に彼が自分の相手をするときに見せる表情といえば、呆れ顔と苦笑いと失笑と相場が決まっていたものだからそれも致し方ない話だろう。
 今日だって、珍しく一緒に田舎の親戚の家に遊びに来たと思えば、普段は自分に向けることすらない温和な愛想笑いで大人の相手をしている。
 跡部というものは、いつだって。
「…もう少ししたら行くから、先行っててよ」
 いつだって、自分のことを面倒だと思っているのだと。

 ふて腐れた仕草で不二が膝を抱えた。
 無理やり上った瓦屋根の上。
 田舎の空気は肺に心地よく、のどかな日差しが肌に気持ちいい。

 それでも面白くないものは面白くないので、不二はまだ背後にいる跡部を無視して膝に顔を埋めた。

「拗ねてねぇでさっさと下りて来れば?」
 ため息も聞きなれた。
 どうしようもないな、と言いたげな短いため息だ。
「…拗ねてない」
 手短に答えた自分の声が、不二にはどうも拗ねている以外の何者でもなく聞こえて、何だか余計に面白くない。

「あっそ。じゃあ勝手にしろ」

 だから、そう跡部が言ったのも仕方がない話なのだけれど、正直、そうやって簡単に見捨てられるとは思わなかった不二は、彼が窓の桟に足を掛けて中へと入って行った音に、振返るまいと我慢する。跡部がそうやって簡単に自分のことを放り出したのは、初めてかもしれない。
 半ば驚くというよりは、寂しい気分で畳を擦る足音が遠ざかっていくのを聞いた。

 とうとう本当に面倒になったのだろうか。

 そう思って不二は、のろりとした動作で目元を拭った。乱暴に拭って、気を抜けば零れそうになる悔し涙を堪えてみる。
 このまま戻るのも癪だけれど、もう誰も迎えに来てくれないのかと思って膝を着いて立ち上がった時だった。


「早くしろよな…ったく」


 聞きなれた呆れ声。
 不二が弾かれるように振返ると、跡部が窓枠に頬杖を突いて、心底面倒くさそうな顔をしていた。

「…な、っ」
 とっさに顔が赤くなるのを隠すすべのない不二を跡部は可笑しそうに声を上げて笑う。
 そういう笑い方をされるのも珍しいことなので、不二が余計恥ずかしいようなどうしようもない気分で立ちすくんでいると跡部は言った。

「じゃ、俺先行ってお前の分も食うわ。スイカ」

 くつくつと愉快そうに笑った跡部。
 それを睨んで不二は窓の桟に足を掛けて中へと入る。

「僕も食べるよっ、跡部になんか種一粒だってくれてやるもんか」

 ぷんぷんと怒りながら、跡部の背中を追い越して足早に階下へ下りていく不二の背中を見て、やっぱり跡部は最終的に、いつも見せる苦笑いをもらした。

 ただ、それを不二は見ていなかったというだけの話。




END
20050304

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