「…お前さ、」

 呆れ顔の跡部が見下ろしてくるのを、不二はまったく気にしないそぶりで「何だい?」と顔を上げた。
 地面にしゃがみ込んだまま彼の顔を見上げると、逆光でまぶしい。今日は、小春日和で日差しがいつもより強いのだと、今さらながら不二は思う。

「愚問かもしんねェけどさ」

 聞いてよいものか悪いものか、そもそも聞いて返ってきた返答が自分の理解の範疇を超えていたらどうしようとか、そういう色々な想定をして跡部は困ったように頭を掻いた。
 そう。跡部にしてみれば往々にして不二というのは理解しがたい存在で。

「…何してんだ?」

 けれど跡部はわずかな勇気と大半のあきらめを持ち合わせて、そう問いかけた。
 不二は不二で、案の定というか何と言うか、笑顔で答えてくれるのだ。

「蟻がさぁ、行列作ってるから」

 だから?と聞き返さなかった自分の譲歩に感動しながら跡部は、それでも我慢し切れなかった分、顔を顰めた。彼の笑顔は温和すぎて温和すぎるあまりに邪悪だ。
 だって誰が思うだろう、コンビニで買い物をしていたら連れが不意にいなくなって、いたと思ったら外でしゃがみ込んでる挙句に、『蟻が』と。
「小さいころ…幼稚園くらいかなぁ、ぞろぞろしてて気持ち悪かったのか分からないけど…踏み潰したんだ」
 足でぐしゃっとね。と不二は温和な笑みを浮かべて、はは、と笑った。
 笑い事でもなんでもないという事実を確認できるのは不幸にもこの場には跡部一人だったらしく、彼は引きつった笑いを返してこの孤独に耐えてみる。
「でもさ、上手い具合につぶれない蟻がいるわけだろ?」

「…ああ」

「それが嫌で、…たまたま家の前だったんだけど、だから庭からホースを引っ張ってきて、全部流しちゃったんだ。生きたまんまの蟻の行列をさ、じゃーって水撒いて」
 今度は温和という一言では括れない、柔らかさと曖昧さを持ち合わせた笑いを浮かべて不二は立ち上がる。
「母さんに怒られた。っていうよりも、道徳観を説かれたのかな、今思うと」
 跡部が内心こっそりと危惧していたのとは違い、別に、立ち上がった彼は蟻を踏み潰すなんて虐殺的な真似はしなかった。
「あ、それからね」
 パーカーのポケットに突っ込んでいた両手を出す不二に、跡部は今しがたコンビニで買った肉まんを手渡してやる。
 そうしてから自分も包みをはがして肉まんに齧り付いた。

「田舎の親戚から、おたまじゃくしをもらって来たことがあった」

「ふぅん?」

 彼が何を話したいのかその趣旨をつかめずに、曖昧な相槌を返す。それを気にしたそぶりもなく、肉まんを齧りながら彼は歩き始めた。そう、彼の家に行く途中なのだ。

「多分小学校低学年のころかな。おたまじゃくしをバケツでもらってきて、たまたま母さんがベランダに置いておいたんだ」
 その話を聞きながら跡部はおたまじゃくしの愛らしいのだか奇妙なのだか見てて良く分からなくなる容姿を思い出す。
 ちいさく伸びた尻尾。裏側から見ると、フンが腸できれいにぐるぐる渦巻きになっているのが透けて見えるのだけれど、それを見るのが、なぜか幼いころ楽しかったような気がした。

「で、ベランダで眺めてたんだ。おたまじゃくし」

 熱い肉まんをはふはふ言いながら齧っている不二を横目で見ると、彼はその視線に気づいたらしく、めずらしく苦笑いをした。あまり見せない笑い方だったものだから、跡部は小さく首をかしげる。

「そのとき、蟻の行列と同じ気分になっちゃって…気持ち悪かったのかな、やっぱり。二階のベランダからさ、流しちゃったんだ、おたまじゃくし」
 
 脳裏にその映像を思い浮かべて、跡部は顔を顰める。
 幼い不二がベランダで意図的にバケツをひっくり返して、おたまじゃくしを垂れ流して虐殺している図。なかなかシュールだ。というか残酷だ。

「…でね、母さんにすごく怒られた」

「そりゃあ怒るだろ」
 呆れ顔で跡部が肉まんを齧る。
 けれど不二はその隣で小さく首を振るのだ。それがどういう意味だか、跡部にはわからなかった。

「何で怒られたのか、本気で理解できなかったんだ」

「…、」





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