不二は知っていた。
 菊丸英二の机の引き出しには、壊れたアナログの腕時計が入っていること。それが11時49分で止まっていること。
 ちなみに、夜の11時だ。これは英二本人が言っていたことだから、間違いないと不二は思う。
 秒針の位置は50秒。後十秒の猶予をあげれば、その時計が12時、つまり次の日の時を刻むことが出来ただろう時間でその時計の時は止まってしまっていた。

 その時計の持ち主は、忍足侑士。




 なんてことを言うと、彼が死んでしまったような誤解を受ける気がしないでもない。別に彼は死んだわけでも儚い別れをしたわけでもなんでもなく、今現在も普通に氷帝学園に在籍し、どうでもよさそうにテニスをして暮らしている。ただひとつ前と違うのは、菊丸英二と顔を会わせなくなったことだ。
 深読みできるんだよな、壊れた時計ってフレーズは。不二は内心そう思って、読んでいるというよりは字面を視線で追っていただけの本を閉じた。跡部が所有する村上春樹の小説だった。不登校の女の子が深夜のファミレスでトロンボーン吹きでバンドをやっている、姉の元クラスメイトの男に出会ったところで不二は読むのを止める。ただ、そんなことはどうでもよく、その壊れた時計についてはまだまだ知っていることがたくさんある。
 それを、不二は同じベッドの隣に寝転んだまま目を閉じている跡部に教えてやっていた。
「ああ…それで、その時計は英二たちが喧嘩別れしたときに英二がブチ切れて地面に投げつけて、挙句に踏ん付けて壊したんだ。元々切れやすい性格だけどさ、あのときは相当ひどかったんだよな。イライラ要因がたくさんあっただろうしね」
 不二が思い返すように言って隣の跡部に視線を落とすと、彼はいつの間にか閉じていた目蓋を開いていた。
 枕もとのスタンドだけを点けた部屋は薄暗く、その両目も暗く光っている。
「お前、詳しすぎ」
「だって、親友のことなら大体知ってるものだろ?」
「俺、忍足の話何も知らねェぞ」
「…まあ、性格の違いじゃない?英二は案外何でも話してくれるし」
「…だろうな」
 眠たそうにあくびを漏らした跡部は、「でも、あいつらヨリ戻す気ねぇんだろ?」と眠たそうにまた枕に顔を埋めながらそう言った。
「さあ、無いことも無いと思うけど、なんせ厄介な者同士だから。忍足くんって、変なところあきらめ癖ついてるだろ。英二は英二で極度の意地っ張りだし」
 ため息混じりに呟いた不二は、何気なく枕もとの目覚まし時計に視線を投げる。ちょうど英二の机の中に入っている例の壊れた時計と同じ、11時49分だった。いつもより寝るには早い時間だったけれど、昼間本気でテニスをし、その後ゲーセンで遊び、跡部の家に帰ってきてからはベッドでセックス。眠くならないほうが不思議だ。
 だから眠たそうな跡部を一瞥して、不二は枕もとのスタンドの明かりを消した。

 そうしてベッドの布団を首元まで持ち上げると、「でもさぁ」と呆れ口調で漏らす。

「何?」
「喧嘩別れって、実際アレは壮絶ってか…すごい深刻な別れ方してたけど、原因知ってた?」
「知らね」
「僕もそれだけは知らないんだよね。英二、教えてくれないんだ」
「…でも別に、俺らが詮索する話でもなくねぇ?」
「それはそうだけど」
「どーでもいいけど、すげぇ眠いからもう寝る」
「………うん、おやすみ」

 曖昧に相槌を返して枕に顔をうずめた跡部を見て、不二も布団を首元まで引き上げた。






*053:壊れた時計







 夕暮れ時の映画館の前は色んな人間で込み合う。
 学校帰りの学生だったり、仕事が速く終わって待ち合わせているカップルだったり、たまには旦那を置いて外で食事でもしてそのついでに、という主婦同士だったりする。
 学生が多いのは気にならないのだが、大概の学生同士というものは女子同士かカップルというのが相場のような気がして、跡部は思わず顔をしかめる。
 そう、男子二人で映画というのも、なかなかいないんじゃないだろうか、と。

「ごめん、遅れた」

 特別悪いとも思っていなさそうな口調の不二が、ぼんやりと待っていた跡部の肩を叩く。跡部が振返ると案の定不二は悪びれもなく笑っていた。
 それを跡部は気にしても仕方がないことを知っていたから、特にとがめる事もなく「何、ミーティング?」と聞き返す。
「そ。手塚が駄々こねてさぁ、長引いたんだ」
 そんなことがあるわけないのに、不二はタチの悪い比喩を言って可笑しげに笑いを漏らした。

「…どーでもいいけど、もうすぐ始まるぜ?」
 
 先に買っておいたチケットを二枚出すと、不二は「じゃあポップコーン買って入ろう」とさっさとカウンターのほうへと行ってしまう。
「もーお腹すいて死にそうなんだ」


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