僕らは、よくケンカをする。
そして大概ケンカする原因は、一方的に僕が悪い時って相場が決まってる。
だって跡部ってば何も怒ってこないし…そう、文句は言うけれどね、僕にしてみれば、怒鳴って殴られるよりも、ため息吐かれるだけで怒らないことのほうが、よっぽどきまりが悪いんだ。
僕が全部全部悪いような気分になるからね。
そう、僕らは本当に良くケンカをするけれど。
それも僕が一方的に怒ったりするんだけれど、やっぱりさ。
僕は、ケンカするのはそんなに好きじゃあないんだよね。
*052:真昼の月
結論からいうとその日は、ケンカというにはちょっと違ったかもしれない。
「…、」
仮にそれをケンカだったとして、その日の理由は、親戚から送ってきた上等な冨士林檎を跡部の所に遊びに行くついでに手土産として持って行ったのがそもそもの発端。
だいたい『冨士林檎』だっていう時点で、今日は嫌な感じだなって思ったんだよ。
ほら、何か冨士と不二って音が一緒だしさ。
その日の目覚ましテレビの星座占いが、僕の運気最悪だったもんだから、そりゃあ嫌な気だってする。
ついでに恋愛運は皆無に等しかった。
「あーとーべー」
インターホンを鳴らそうと思ったけれど、気がついたらもう秋も終わりなんだよね。
ふよふよ大量発生した雪虫が飛んでてさ、っていうのも、僕は虫が嫌いなわけじゃないけど雪虫は駄目なんだよね。
あの白い毛皮の襟巻きしてるようなフワフワといい、服についたときに摘まんで取ろうとすると、潰れちゃうところとか。
わかる?あの小さい虫だよ、目障りなやつ。
正式名称は知らない。通称ユキムシ。
まあ、とにかく僕は雪虫が嫌いだったんだ。
それがインターホンの前でたむろして飛んでたワケだから、インターホンを素通りして勝手に門に入って直接玄関前にたどり着くと、そのまま大声で呼んだわけだ。
「あーとべー!」
だって、インターホンを押したなら、僕は跡部家に着いてそうそうに服にくっついたあの、小さな虫たちを手作業で取らなきゃならないから。
けれど跡部が迎えに出てきてくれる気配がない。
仕方なしに僕がもう一度「開けてくれないと殺すー!」と大声でドアの前に立って怒鳴ると、やっと彼は呆れたような顔をして玄関のドアを開けてくれた。
「うるせぇ、マジで」
「だって、インターホンのところ、虫がたくさんいたんだもん。不可抗力」
肩を竦めて見せると、跡部は仕方なさそうに中に入れと僕を促す。
「あ、これね、親戚から送ってきたからお裾分け」
「何?」
「林檎、冨士林檎だよ」
わざわざ母さんてば、スーパーのビニール袋じゃなく、クラフトの紙袋に入れてくれたんだよね。
ほら、よく外国映画の中の小さな商店とかで使ってるような無地の茶色い紙袋。
魔女の宅急便でキキが買い物してたときもこの袋、レオンでマチルダがお遣いに行ったお店もこういう袋。
ちょっとお洒落。そう思わない?跡部。
けれど跡部は特に何も思わなかったらしくて、そのまま「サンキュ」とだけ言って袋を受け取った。
がさりと音がした。
ちえっ。
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