彼の行動ほど唐突なものもなく、彼自体を衝動的なものの代名詞としてしまってもなんら問題ないくらいに、今日も彼の電話は唐突だった。
 ただ、彼の周囲の大半の人間は彼がそういう性質だということを、なぜか知らないし、温厚で温和で人当たりがよく、ものすごく出来た人間だと錯覚している。

 不二周助という名の、猫かぶりは相当なものだ。






*051:携帯電話






『跡部、聞いてる?』
 
 電話口から半ば怒鳴るような声が聞こえてきて、跡部は頭のどこかに鈍い痛みを覚えた。実際に頭痛がしたかと問われれば否なのだが、心が擬似的な痛みを思うほどには、彼の電話は苦痛だったという話だ。
「聞いてる。聞いてるけど、てめェ無茶言ってんの自分でわかってんのか?」
『どこが無茶なんだよ』
 憮然とした物言い。
 脳裏に、唇を尖らせてすねた顔をしている不二の姿が浮かんで消えた。きっと当たりだ。
「これから十五分でてめぇんち来いってのが無茶だっつーの」
 あー、もう。と地団駄を踏みそうになるのを堪えて、跡部は右手で首筋を何度か引っかく。それを横目で見ていた忍足がご臨終と言わんばかりに合掌しているのを、跡部はきっと知らないのだろうけれど、そんなことは忍足にしてみればどうでも良いことらしく、電話相手に悪戦苦闘している彼の肩を軽く叩いて「ほな先帰るわ」と告げるとさっさとその背中を追い越して校門を抜けていってしまった。
 気ままな背中を睨んだまま、跡部は「三十分」と言ってみる。
「三十分で行く」
『じゃあ近所の公園で待ってる』
 
 譲歩が通じたのか、不二が嬉しそうな声を上げて了承してくれた。実際にバスを待つ時間と移動時間を考えれば三十分以上はかかりそうなものだったけれど、それはあえて言わないことにする。運がよければ三十分だ。

「ああ、後でな」

 通話を切ると、耳元でプツと回線が切れる音がする。
 そう、携帯電話さえなければきっと自分はもっと有意義な生活が送れるはずだ。
 憎むべきは文明の利器なのか、不二の突拍子のなさなのか、跡部には判断がつかなかったけれど、きっと今自分が携帯電話をトイレの便器に投げ捨てて水を流してしまえば、配管修理の作業員の手は煩わされるだろうが自分の安全確保はできるに違いない、と出来ない想像を馳せた。

 予定がない放課後は、きまって携帯電話からかかってくる不二のどうでもいいような用件で潰されるのだ。
 何度となく吐きなれたため息を今日も吐き出して、跡部は家路に着くのとは別の方向のバス停へさくさくと足を向けた。


 ただ、今日の『どうでもいいような用件』がいつもより桁はずれているとは、跡部にも予想がつかなかったということ。









「すごいな、本当に三十分で来れるんだ」

 半ば感心にも似た、というよりはほとんど感心するような不二の言い草に、やっぱり跡部はため息を吐いたのだけれど、もちろんそんなこと不二には関係のない話だ。
「ああ…たまたまバスの時間あったから」
 来る途中に空腹を紛らわすのに買ってきたカロリーメイトをコンビニの袋から出す。
 ベンチではなくブランコに座ってブラブラしていた不二の、その隣のブランコに腰を落として、跡部はぼんやりとプレーンのカロリーメイトをざくざくと齧った。
「お腹空いてたの?」
「すげェ空いてたの」
 お前のおかげで。という一文をどうにか口から出さずにカロリーメイトと一緒に噛み砕いて飲み込んでしまう。
 と、不二はいつものように脈絡もなく話を始めた。日本人が大好きな『間』だとか脈絡だとか、起承転結、という概念は彼にはまったく必要ないらしい。

「ケンカしたことある?」

「はぁ?」

「だから、ケンカ」

「…するだろ。つーか、どの程度の範疇を言うわけ?」
 うっかり口を突いて出そうになった「お前が一方的にしかけてくんだろ、日常的に」というのを、やっぱり二本目に突入したカロリーメイトを一緒に飲み込む。
 それを知ってか知らずか、不二は跡部のほうをちらりと見てこともなげに答えた。



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