「…、」

 僕がその日、本屋の雑誌のコーナーで立ち尽くしていたのは、別にほしかった雑誌がまだ入荷されていなかったわけでも、衝撃的な記事を載せた雑誌を見つけたわけでも、もしくはテニスをやってる人間にしか認知されないようなローカルテニス雑誌に、跡部や手塚や千石くんだとかのジュニア選抜のメンバーの記事が載っていたからでもない。

 別に雑誌がどうこうというはなしではなく、本屋だったのはたまたまの偶然だ。

 英二が、そのとき携帯に送られてきたメールの画像を僕に見せてくれた。
 沖縄に行っているという姉からのメールには、目に痛いくらい、心に痛いくらい、真っ青で透き通っていて、まっさらとも言っていい海が一面に広がった画像が添付されていた。

 めまいを覚えるような、海。


 海を見ると、僕は君を思い出す。






*043:遠浅






「…ぁ、…んッ」
 跡部の舌の感触が気持ちいいというのを、知ってからというもの僕は坂を転げ落ちるみたいに堕落している。
 だって、気持ちいいんだ。
 頭の芯が溶けそうになって、指の先のほうからじんじん痺れて、こんな気持ちよさがあるなんて生まれてはじめて知ったときは、それは驚きだったんだよ。君に言ったら、笑われたけど。
「、っ…あ」

 跡部の舌が執拗に勃起したそこを舐める。
 唇で覆ったかと思うと、裏側から舌先で絡みつくように、まるで僕のいいところが全部知られてるみたいに、順番に刺激されていく。
 溶ける。
 頭とか、体とか、理性とかが。

「跡部、っ、…も…い」
 吐き出した息が熱いのが、自分でもわかった。
 顔を上げた跡部の唇が湿っているのが妙に艶かしくて、僕は目のやり場に困って視線をはずす。
 ベッドサイドの薄暗いライトだけに照らされたその様は中学生という身分には似つかわしくもない。
 けれど、行き場のない快感を扱いかねて跡部の首に腕を回してしがみつき、僕は彼のその首筋に顔をうずめて「入れて」と聞こえるか聞こえないかくらいの声で懇願できるくらいには理性がとろとろに溶けて消え去ってしまっていたから、取り返しはつかないんだ。
「…っ、」
 跡部の、僕より長い指が自分の体の中に入ってきて動くのを感じながら、不意に、無理やりといってもいいくらいにねじ込まれた感触に、痛さよりも身震いにも近い快感を覚えた。
 両足を押し開いて、無理やり、無造作にねじ込まれるそれ。
 跡部の両手がつながっている部分を押し広げると、余計に体の奥にそれが沈む気がした。
 気がしたんじゃない、深く擦れて。

 気が狂いそうになる。

「ひ…ぁっ」

 たまらなくなって自分のそこを右手で擦ると、手首をつかまれて止められた。

「…自分でヤるなってつってんだろ…、お前…先イクんだから」
 
 は、と跡部が苦しそうな息を吐く。
 奥のほうを性急に擦られながら、剥げ落ちていく理性を思う。

 君に抱かれるとね。
 僕の頭は本当に溶けてしまう。



 本当のところを言うと。


 僕は溺れたいんだ、君の海に。


 でも。
 どこまで行っても浅いところばかりで、君の海は、僕を溺れさせてはくれないんだ。









 別に、特別な用事があってタワーレコードに寄ったわけじゃなく、たまたま乗り継ぎのバスの時間が空いてしまっただけのことだったけれど、それが偶然だったのか、世界を作った誰かの故意だったのかは僕には分からない。ただ、故意だとしたらその誰かはひどく暇人だろうね。僕のことなんか、見てるんだからさ。

 携帯の時計を気にしながら新譜CDを何気なく見て回る。
 店内ディスプレイのモニターに、プロモが流れるのを眺めながら僕はふと、コーナーの一角で立ち止まった。
 一昔前に流行って、今は廃れているんだかそのまま残っているんだか良く分からない、いわゆるヒーリングCDだった。森の中の音ばかり入っているのだとか、癒し効果の高い音楽ばかりで構成されたものや、そう、海の波の音しか入っていないのだとか。

 何気なく、視聴機を確認するとちょうどよく海のヤツが入ってたものだからね、僕は思わずCD屋独特のデカイヘッドホンを手にとって耳に当てて、そのお目当てのCDに合わせた。

 海の波の音。
 ところどころイルカの鳴き声が混ざっている。


 僕はね、海の音を聞くと、君の事を思い出す。



 別にくだらない感傷でも夢見がちな幻想を抱いているわけでもなんでもなく、ただ、本当にさ、純粋に、君のことが頭に浮かぶんだ。
 海の、世界中の青を集めたような、あの深い色を。
 漂う心地よさを、麻痺する感覚を。
 まるで水にふやけていく様に柔らかく形を失っていく理性を。

 思わず可笑しくなって笑いを漏らす。
 
 すると不意に「不二?」と呼ばれて、僕はあわててヘッドホンを外して呼ばれたほうを振り向いた。

「びっくりした」

「何や、偶然やな」


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