*040:小指の爪



「…ねえねえ、」
「何」
「昔さ、小指の爪を伸ばすと願い事が叶うっていうのあったよね」
「…はあ?知らねェけど」
 指の爪をきれいに切りそろえていた不二の言葉に、跡部は顔をしかめて、読んでいたメンズ雑誌から顔を上げた。
 その返答が気に入らなかったらしくて、不二はパチン、と小指の爪をちょうど切り終わったところで不満そうに跡部を睨む。
「睨んだって知らねェもんは知らねーって」
「だってさ、僕ちょっと伸ばしてたんだよ」
「…でもお前信じないクチだろ、こういうの」
「そうだけど」
「何のために伸ばしてたんだよ、信じてねェのに」
 呆れたような顔で、跡部はまた雑誌に視線を落とした。
 爪を切り終わった不二は、ベッドに背中を預けていた跡部の後ろに、ベッドに上って回りこんだ。
 後ろから雑誌を覗き込むと、ちょうど夏物のプリントTシャツ特集。
 
「あ、コレ。カッコイイ」
 不二は雑誌に乗っていたシャツの一枚を指差した。
「お前好きそうだもんな…」
 どうでもよさそうに跡部は呟いて、それから後ろにいた不二の方へと頭を倒す。
 と、ちょうど不二の膝に頭が当たって、だから跡部はそのまま目を閉じて頭を預けた。
「重いー」
 文句を言いながら跡部の頭をくしゃくしゃしてくる不二に、跡部はうざったそうに目を開く。
「うっせェ。ずっと下向いてたから首痛てーの」
「あ、そうだ。でね、爪を伸ばすとさ」

「…まだその話かよ」
 呆れたような跡部を、不二は気にすることもなく言葉を続けた。
「女の子がよくそういう話をしてたんだよ。跡部はお姉ちゃんいないから分かんないだろうけど」
「そんなモンかね」
「そんなモンだよ。でね、願い事が叶ったんだ」
「…はぁ?」
「叶ったんだってば」
「お前さ、さっきも聞いたけどそんなの信じねェクチだよな?」
「うん、信じてなかった。3ミリ伸ばしただけで切っちゃったもん。だけど叶ったよ」
「…へえ。つーかそれ、爪伸ばすのと何も関係ねぇじゃん」
 やっぱり跡部はどうでもよさそうに呟いて、また目を閉じてしまった。
 不二はその頭を膝の上にのせたまま、やっぱりくしゃくしゃと跡部の、ワックスで整えてあった髪の毛を崩していく。
 だから跡部はいやいや目蓋を持ち上げると両手を伸ばして、不二の髪の毛を引っ張ってぐしゃぐしゃにしてやった。

「うわ、何するのさ」
「お前が先にやったんだろ」
 ぶー、と膨れてみせた不二のマネをして、跡部もぶー、と頬を膨らませる。
 と、不二はさらに不機嫌そうに「真似しないでっ」と言いながら跡部の鼻をつまんで、また思い出したように言った。
「だからさ、別に信じてなくても僕の日ごろの行いがいいから願い事って叶っちゃうんだよね。人徳?」
「…お前のその考えを改めると、もう少しマトモな人生になると思うぜ」
「うるさいよ馬鹿」
「…で?」
「でって?」
「だから、何だったんだよ、その叶った願い事って」
「秘密」
 即答した不二。
 顔をしかめた跡部。

「ンだよ、それ。」
「内緒。誰にも言ったことないし」
「じゃあ言うなよ、最初から」
「いいじゃない、別に」

 不二は何か言おうとした跡部の唇に、屈みこんでそのままキスを落とした。
「君に関係あることだよ」
「何が」
「僕の願い事」
 ちゅ、と軽い音をわざと立てると、跡部が面倒そうな仕草で不二の頭を引き寄せてもう一度、今度は触れてすぐ離れるだけのただのキスをした。
「…つーか、お前そろそろ帰らなくていいのかよ。もう10時過ぎたぞ」
 言われて壁に掛けてあった時計を見ると、時刻はpm10:23。
「帰れって?」
「………なら家に連絡入れとけよ」
 心底呆れてモノが言えませんと言わんばかりの跡部と視線が合って、不二は可笑しそうに笑ってみせた。
「出てくる時に言ってきたもん」
「最悪だな、お前」
「生まれつきだよ」
「…そーですね。」
 不二の膝から頭を上げて立ち上がると、跡部は床に放り投げていた雑誌を拾って、棚に戻した。

「シャワー使うなら先使え」
「はーい。」
「バスタオル、いつものとこな」
 ベッドから降りて、ぱたぱたと部屋から出て行く不二の背中に声をかけると。

「わかってるー」

 能天気な返答がドアの向こうから返ってきて、跡部は苦笑を漏らした。



8/9/03
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