*036:兄弟


 不二は、いつも来る時は予告をしない。

 自分が来たい時に跡部の部屋へとやってきて、自分が寝たいときに勝手に眠って、勝手に食事をして、ときには勝手にゲームをしてテレビを見て、そして勝手に帰っていく。
 面倒だから合鍵をくれと言われて、断ってケンカするのも面倒だった跡部はさっさと家の合鍵を不二に渡してしまった。
 ここで跡部以外の家人が止めに入ってくれればいいものを、生憎たった一人の家族である父親は、なぜか不二がお気に入りだ。
 だから、その日も例に漏れず不二は唐突にやってきた。
 夕飯を食べ終えて夜も少し遅いくらいの、そんな時間。




「…跡部ー、何か本貸して」
 部屋に入ってくるなりそう言って、眠そうに目を瞬いた不二を、跡部は一瞥して「いいけど」とだけ呟いた。
 普通不二が本を借りに来ることなんかなくて、だから今日は例外中の例外だ。だから跡部は半ば変なものでも見るような気分で、本棚の前でハードカバーの小説を色々ひっぱりだして、ろくに中身を見もせずにパラパラめくっている不二を見ていた。

 それからやっと思い出したように、ベッドの上で読んでいた雑誌に視線を戻す。

「つーか、何で急に」

「なんかさ、読書週間で…学校で本を読む時間があるんだけど、僕最近本買ってないから。」
 眠くなっている時の不二の話しかたは、妙にテンポが悪い。
 それを本人が無自覚なのも痛手といえば痛手だ。テンポの悪い会話をする身として、跡部はため息を吐きながら、小さくあくびを漏らして不二に言ってやる。
「図書室で借りとけよ、ンなもん」

「だって、一度も借りたことないから、貸し出しカードとかいうのを新しく作らなきゃならないらしくて、それだったら跡部に借りた方が早いかと思ったんだよ。ああ…崩れそう」
 棚から引っ張り出して床に積み上げられた本たちは、不二の乱雑な積み上げのせいでピサの斜塔並みに傾いてしまっていた。
 不二はそれを片手で押さえながら跡部を振り返る。
「ていうか、どれが面白いとかよく分からないから、選んでくれると嬉しい」
「…じゃあ引っ張り出して積み上げる前に、最初からそう言え」
「ああ…うん、ごめん、今思ったんだ」

 絶対に眠いんだろうと跡部が予測、というよりは確定できそうに間延びした不二の言葉。
 何となく首を垂れたい気分で跡部は面倒そうにベッドから起き上がると、本棚の前のフローリングにべたりと座り込んでいる不二の隣に、胡坐をかいて腰を落とした。

「で?どんなの読みたいんだよ」
「えー…うん、どんなんでもいいけど…」
「ンな、いちばん選びにくいこと言うなっつーの。」
「…あー…そうだな、じゃあ、跡部が買ったのでいちばん新しいのでいい」
「じゃあ、コレ」
「…うん、ありがとう、ああ…返すの遅くなったらごめん」

「いや、別にいい…ってか、どうでもいいけど、寝てけば?」
 呆れたように跡部が言うと、不二は不思議そうに「何で」という。
 何でもクソもないだろうと跡部は内心思ったけれど、今の不二に言ったところでマトモな会話が成り立たなさそうだったから、そのまま黙っておいた。

「お前、今すげェ眠いだろ。」
「うん、すごく眠い…よく分かったね。何か多分今なら、のび太よりも早く眠れると思うよ…」

「あ、そ。」
 相手にしていたら眠気が移りそうな気がして、跡部は不二の隣から立ち上がると、彼が引っ張り出して斜塔と化している本の山をさっさと本棚へ戻しはじめる。
 隣の不二は床から立ち上がりもせずに、のろのろずるずる這いずってベッドへと向かう。その途中で靴下を脱ぎ捨てジャケットをを脱ぎ捨て、ジーンズを脱ぎ捨てシャツを脱ぎ捨て。
 跡部は何となくそれを眺めながら、虫か何かの脱皮を連想した。
 この際、蝉でも芋虫でもなんでもいいけれど、とりあえず蝶でないのは確かだった。

 本棚に本を戻し終えて、今度は不二の抜け殻を拾い集めてクローゼットに突っ込む。
 ちょうど不二はのろのろとベッドに潜り込んでいったところで、跡部は嘆息して「…家、ちゃんと言ってきたのか?」と聞くと、不二はもそもそと布団の隙間から顔を出して「泊まるかもって言ってきた」とだけ、呟くように言った。

「明日朝どうすんだよ」


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