「…つーか、何で俺までこんなことしなきゃなんねェんだよ。」

 面倒くさい、跡部の顔はそう言っていた。
 たまたま借りたい本があって、電話したら暇だって言うから持ってきてもらっただけなのに。
 まあ、ついでにアルバムの整理を手伝ってとは言ったけどさ。
 なにもそんなに面倒そうにしなくったっていいじゃないか。

「あ、跡部、そっちの写真はこのアルバムに入れて」
「………。」
 
 あー面倒くせェー。

 セリフを当てるとこんな感じ。
 本当に本当に心底面倒そうに、跡部は写真の束を取ると、無印良品から大量に買い占めてきたシンプルなアルバムに、渋々写真を突っ込んでいった。





*035:髪の長い女





「…、もう夕方かー」
 何気なく窓の外を見てそんなことを呟いてみると、跡部が「お前のおかげでな。」と陰口を叩いた。
 まだ整理しきれない写真の山を、フローリングの床に広げたまま、僕は立ち上がって大きく伸びをする。跡部は文句を言うくせに、根気よく写真をアルバムに挿し入れながら小さく欠伸。
「何か飲む?」
 君のことだから、きっとコーヒーって言うよね。そう思いながらも一応聞いてみると、案の定答えはそうだった。
「コーヒー」
「温かいの?」
「ん。」
 黙々と跡部は写真を取っては入れ、取っては入れ。
 何だろうね、実は文句を言いながら結構真剣にやってるところを見ると、僕にやらされてるってことを忘れかけてるんじゃないかな。君って、変にこまごました仕事、好きだよね。実際はエリート職に衝くタイプなんだけど、横目で部下のやってる事務仕事を見てやりたいなーとか思うはずだ、君ならきっと。
 伝票整理とか、好きそうだね。うん。

 そんなことを考えながらぼんやりと跡部の器用そうな指先を見ていると、不意に跡部が怪訝そうに見上げてきた。

「何」
「…いや、別に何でもないよ」
 可笑しくなって、僕は笑いを堪えてコーヒーを入れに部屋を出る。
 階段を降りていくと、ちょうど仕事から帰ってきたらしい姉さんと出くわした。
「おかえり」
「ただいま」
 仄かに香ったのは、シャネルの香水。
 わが姉ながら、いつも抜け目のないこの装備。ひょんな出会いもあるかもしれないってのが彼女のモットーで、いつでもどこでも、たとえ家の前のポストから新聞の朝刊を取ってくるときだろうと、絶対に部屋着じゃあ出て行かない。そういう人。
 そして、僕が負ける程度に腹黒い。
 まあ、僕らは性格が父さん似だから仕方がない。
 裕太は性格が母さん似ですごく可愛いのにね。
 外見だけは母さんに似た僕は、ある意味いちばんタチが悪い。
 僕も姉さんぐらいになったら、こういう人間になる可能性は充分に持ち合わせてはいたけれど、もうちょっとマトモな人間になりたいもんだと密かに思う。バレたら半殺しだろうから、これはきっと一生の秘密。

「友達来てるの?」
 コーチのバッグは、最近買ったんだろう。あんまり見慣れない。
 大方お金持ってるくせに彼氏にでも買ってもらったんだろう、ああ哀れな男がまた一人金を搾られて消えていくんだろうな。なんて、同情はしたけれど、助ける気は全然起きなかった。
 そんなもんだ、世の中。
「うん、跡部が来てる。今コーヒー淹れようかと思って」
「じゃああたしも飲む」
「言っておくけど、ドリップだからね」
「…分かってるわよ」
 キッチンへと引っ込んだ僕の後に着いて、なぜか一緒にキッチンへとやってきた姉さん。

「何?」
 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、やかんに入れる。それをIHヒーターの上に乗せてスイッチを入れながら、僕は怪訝そうに姉さんを振り返った。案の定、彼女は普段なら絶対にやらない、『棚からドリップ式のコーヒーを取り出して、弟にコーヒーを入れる手伝いをしてやる』なんて行為をし始める。

「何ってことないでしょ、失礼ね」
「だって、姉さんが手伝ってくるなんて、怖いし」
 はは、と乾いたような笑いを返すと、すぐに後頭部に小さな衝撃。けっこう痛い。振り返ると、可愛いウサギのプリントされたマグカップがあって、ああ、これが凶器か。とぼんやり思った。

「あの跡部って子、アンタの本命?」


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