夢を見ました。
鍵と、君と、それから鍵穴の夢。
「…、」
目の前に鍵の束が落ちていた。
丸い金属の輪に、たくさんの、色々な形の色々な大きさの、不ぞろいな鍵がついていて、それをどこかで見たことがあると思ったのは、きっと映画か何かの中で見たのだと思う。
手触りはすごく現実的なのに、どこか見た目が物語の中の何かの様で、ふよふよした気持ち悪さが心を覆う。
そうしてただ、僕は鍵の束を持っていて、目の前には君がいた。
君のその裸の胸にはなぜか鍵穴がついていて、僕はそこにぴったり合う鍵を探さなければならなかったんだ。
理由なんてわからない。
僕はただ、漠然とそう感じて、奇妙な焦りさえ覚える。
「…ねえ、どれ?」
じゃらじゃらしている鍵。
それの一本一本を取って君の目の前に見せてみるんだけれど、どうにも君は「さあ」というヤル気のない返事だけを返してくれた。
まるで君はこの場所に僕がいること自体が、どうでもいいみたいだった。
結局、どの鍵が探したかった鍵なのかは、分からないままで。
目が覚めたら、知らない間に泣いていた。
無意識にしろ、泣いたのなんて久しぶりだったよ。
*032:鍵穴
「…」
特に用事があるわけでもなく、はたまた特に用事があったようにみせかけるような上手い言い訳も、もちろんなかった。
なのに僕はといえば無鉄砲に氷帝学園の校門前で何をするわけでもなく右往左往してみる。
もうあらかたの部活の生徒も帰り終える時間で、だから校門を抜けて行く生徒はさっきから途絶えたままだった。
でも、この中に君がいる。
日が暮れるのが最近早くて、もうあたりは薄暗かった。
学校前の通りのきれいに並んだオレンジ色の街灯。
ディスプレイだけが眩しい自販機と、それから近隣の家のポーチの明かり。
通り過ぎて行く車のヘッドライト。
あんがい明るいな。
そう思いながら、白いため息を吐いた頃だった。
「…不二?」
呼ばれた声に聞き覚えどころか、待っていた相手だと分かって上機嫌で振り返ると、少しだけ機嫌を損ねている顔をした跡部がいた。
怪訝そうでもなく、あからさまに不機嫌でもなく、ただ、少しだけ嫌な感じの顔だった。
部活で何かあったのかな。
思ったけれど僕は口に出すことはなかった。いつものことだ。部長という立場所う仕方のないストレスやら何やらを、全部放り出せるほど彼は大人でもなかったし、懐が大きくもない。最も、小さくもないけれど。
「お疲れ」
「…お疲れ。どうした?」
そう、そうだよね。
僕が部活が終わってわざわざ君に会いに来る理由なんてないんだ。
そうなんだ。
だけれどね、僕は君の顔が見たかったんだ。
「別に」
素直にそう言えばいいのに、僕はといえばそんな素っ気ない返事を返してしまった。
ただ跡部はテニスバッグを肩に掛けなおして「ま、いいけど」と短い息を吐く。携帯電話で時間を確認すると、「どっか行くか?」とも言った。
「ううん、君んちでいい」
「そ」
素っ気ない返事をくれた跡部の顔が、やっぱり少し不機嫌そうに見えた。
ある種の暗黙の了解のようだ。
君の部屋でいいよ、君のベッドに直行で。
そう言ってもいないのに、そう言ったことになるんだ。おかしいよね、日本語って。
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