「…なんつーの、」

 呟いたのは跡部景吾。
 それを合図に顔を上げたのは、千石清純。
「ん?」
「違和感っつーか…なんつーか」
 ぼやくような物言いも、千石にしてみれば珍しかったのだけれど、それ以上に跡部のその表情からして珍しかったものだから、思わず笑ってしまうのだ。

 だって、そんな。
 気の抜けたぼんやりした顔。
 
 ここしばらく見ていないんだから。





*031:ベンディングマシーン





 選抜の強化合宿に使われているのは、そこそこ設備の整った施設だった。プロの選手なんかも利用する。
 合宿中、回りを見回してもそこそこ実力のあるメンバーしかいないから、だから、まあ、気を引き締めるのにはもってこいの合宿といえばそうなのかもしれない。

 でも例外に、いつもより気の抜けた顔をしてるヤツがいる。

 それが千石には笑いの種だった。
 最も彼の本当に機嫌を損ねてしまうだろうから、口外はしてはいなかったのだけれど。


「…跡部さあ、すごい面白い顔してるけど」

 一日のメニューが終わった後の、合宿所の談話室。
 もっとも今は就寝直前の時間のお陰で、談話室はガランとして跡部と千石以外の姿は見えない。
 自販機が放っている白々しい光が、何も映っていないテレビのブラウン管に反射していた。
「?」
「意識ある?」
 ヤル気のなさそうな顔で、アクエリアスのペットボトルに唇を付けていた跡部のその顔を横目で見ながら千石は言った。
「はぁ?」
「だから、間抜けヅラしてるってことだよ」
 はは、と軽快に笑って千石は、手に持って広げていた雑誌をぱたりと閉じる。
 メンズのファッション雑誌だった。
 それを視界の端で捕らえるのだけれど、跡部はどうでもいいと思う。
「うっせぇよ、黙れ」
 千石が座っているテーブルのイスと向かい合うように置かれたソファに、だらだらと座っているんだか寝転んでいるんだか分からない跡部。その顔は見慣れたしかめっ面だった。
「合宿来てからずっとぼんやりしてるよ」
「別に、」
「ま、それがテニスに出てないってところが、跡部の跡部たる由縁だよね」
「…はぁ」
 面倒くさいといわんばかりのリアクションにも動じない千石は、テーブルの上に置いてあった飲みかけの缶コーヒーを手に取りながら、組んでいた足を組みなおして。
「不二クン?」
「…」
 今度は聞こえないフリだ。
「まさか不二が選抜に割り込んでくるとは思ってなかった?」
「思ってなかったわけじゃねェよ。でも、なんつーか…改めてメンバーに混じってると変な感じするっつーか」
「周りは予想してたよ。彼、孵化したら怖いなって、みんな口には出してなかったけど…思ってたからさ」
「孵化ってなんだよ」
「今までも十分強かったけどさ、ひと殻脱皮した感じがしただろ?この間の試合でさ。だから、孵化。…ってこれは監督の受け売りだけど」

 呆れたような顔をして跡部が顔を上げたから、千石は当たり障りのない微笑を返した。

「つーか、」

 跡部がアクエリアスを一口飲んで、呟いた。
「何?」
「その微笑やめてくんねェ?」
「…、」

「誰かにそっくり」

 面倒くさそうに跡部が呟くものだから、千石は面白くて仕方がないのだ。
 絶好のオモチャが目の前に転がっている。
 千石は手に持っていた雑誌をテーブルの上に放り出すと、そのまま席を立って跡部の隣に断りもなく腰を下ろした。
「随分調子狂ってるねェ、跡部。」

「別に」

「不二と同室じゃなくて残念?」


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