「問題です」


 市営図書館の窓際の机は、僕らの特等席。

 冬休みは朝からいると、ブラインドの隙間から入ってくる陽射しの色がだんだん白い朝日から昼間の光、それからゆっくり夕日の色に染まっていくのがノートの上に落ちてきて、はっきり見える。
 それから、そうだな。
 君の髪の毛が西日が差し込む頃にキラキラ光って見える。
 それから、ええと。
 周りが静かだから、この場所に存在してるのが僕と君だけみたいに思える。錯覚できる。
 
 何気なく顔を上げると、君がいつもは掛けない眼鏡をしていてそれが何だかくすぐったい。

 
 でも、あんまり真剣に数式にかまけてると僕は暇になるからさ、ちょっかい掛けたくなるんだ。我ながら子供みたいだけどね、それは仕方のない話なんだよ。

 だから、問題です。

「聞いてる?」

 僕はもう一度小さい声で、向側に座っている跡部に声を掛けた。





*029:デルタ





 ちょうど跡部は数学の参考書の、図形問題の公式を頭に叩き込んでいる真っ最中だったようで「何」と短くそっけなく答えてくれた。一応は耳に入っていたらしい。

「ここに正三角形が載ってるから、ちょうどいいんだけど」
「…」
 僕の相手をするよりも、まず公式を暗記してしまいたいと言わんばかりに、跡部が無言で手に持っていたシャープペンを軽く振った。
 可愛くもないドクターグリップが左右に振れる。
「頭の体操だと思ってさ。はい、じゃあ問題です」
 君を無視したいわけじゃないけど、僕はそろそろ休憩したいんだ。
 だからごめんねと思いながら、跡部の参考書に描かれていた正三角形の図形を手にしていたペンの先で、トン、と指した。
「正三角形に、線を二本だけ足して正五角形を作ってください」
 しばらく無言でシャープペンを手の中で遊ばせていた跡部は、小さいため息の後にやっとあきらめてくれたのか「…二本だけ?」と聞いてくれる。
「そ、二本だけ」
 僕は嬉しくなって笑った。
 跡部は笑うわけでもなく、参考書の色気のない正三角形を見下ろしている。きっと真剣に考えてる。
 だから僕は笑う。
「…ここ、と…ここか」

 直接参考書に書き込んで見せると、跡部は「…あ、でもこれだときちんと正五角形にゃなんねぇのか」と独り言のように呟いた。
 だからそれが独り言になってしまわないように「うん、それだと、こことこの辺が均等じゃなくなるから正五角形にはならないよ」と返事を返す。

「ヒントほしかったら言ってね」
「んー」

 あらかたの案を線引きして試してから、やっと跡部は「ヒントは?」と呟いた。
 けれどヒントをもらうのは本人は不本意らしく、眉間に皺を寄せたまま黙って考え込んでいる。そういうところがすごく可愛いんだけれど、可愛いって言ったら怒るからさ、言えないんだよな。
 でも君ってば可愛いよ。カッコイイわけじゃないけど…むしろカッコ悪いけど、可愛い。

「ヒントは…そうだなぁ、物事は目に見えることばかりじゃないよ。目の前にあることに囚われちゃいけない」

 オッケ?と正三角形を睨んでいた目を覗き込むと、正解が見えなくて不満そうな色とぶつかった。

「…つーかさ、できなくねぇ?正五角形とか」
 これもだめ、それもだめ、とあれこれ正三角形に線を書き足しては考え込んでいる跡部が可愛くて僕はまた笑った。
「だからさ、目に見えることが全てじゃないんだよ」
 こらえるようにくすくす笑うと、やっぱり跡部は不満そうな顔をする。
 跡部は嫌いだ。
 僕が分かってるのに、自分は分からない。そういうのが、跡部は嫌いらしい。面白くないらしい。
 でも僕はそれが楽しいんだ。
 
 君がすごく可愛いからね。

「お前もさ、的を得てるんだか得てないんだかわかんねぇヒント出さないで、もっと建設的なこと言えよ」
「十分建設的だと思うけど」

「じゃあヒントその2」

「えー?そうだなぁ」
 うーん、と小さく唸って「違う観念から正三角形を見てみなよ」と言ってやった。
 そうすると跡部はまた難しい顔をして参考書に視線を落とす。そして本当に真剣に考えているらしく、掛けていた眼鏡を外して机の脇に置いてしまった。
 軽く度の入っているレンズ。ほんの軽い近視だから、授業中以外は掛けることがないらしい眼鏡。でもきっと授業中も面倒くさがってかけてないんだろうな。

「…っだー分かんねぇ」


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