* 025:のどあめ




 久しぶりに風邪をひいた。
 久しぶりのせいかもしれなかったけれど、こんなに風邪が不快だった記憶もなくて、ああでもないこうでもないベッドの中をごろごろ寝返りしまくって鈍痛のする頭を枕に押し付けてみる。

「…、」

 うぅ、とも、あぁ、ともつかない呻き声を漏らしながら枕に顔面を押し付けていると苦しくなって仰向けになってみたりして、そしたらまた頭が痛くってまた小さく呻いた。
 僕は不快なものが嫌いだ。
 死にそうになる。
 というか現在進行形で死にそうだ。そう、案外風邪でぽっくりいけそうな気分だ。
 
 昨日の夜は何ともなかったんだ。なのに今朝早い時間に目が覚めて寒くて仕方なくって、そう、夏も終わる頃だけれどこんなに寒いわけないって分かってたんだけど、とにかく寒くって布団被ってたら、何だかやけに頭がガンガンして暑くなって死にそうな気分になって、のろのろリビングに起きて行ったら昨日の夕方から母さんが友達と旅行に行ってたことを思い出してげんなりした。
 もちろんそんな機会を逃す姉さんでもなかったから、母さんと一時間差で彼氏と旅行に出かけた。

 というわけで僕は独りだった。
 
 我ながら馬鹿だと思うのだけれど、母さんや姉さんがいなかったら風邪薬がどこにしまってあるのかも思い出せなくて、体温計すらままならなくて、かろうじて冷蔵庫に入っていたポカリスエットで生き延びたりして今現在昼の三時をすぎたところなのに食欲もない。
 気持ち悪い、苦しい、死にそう。
 今なら死ねそう。

 今日は日曜日。
 部活は引退して一ヶ月も経っていなかったけれど、とにかく部活に行く予定もなかったものだから、誰かが心配して電話なりメールなりしてくれて、僕が死に掛けていつ事実に気付いて薬を買ってきてくれる友達はいない。今日に限って英二なんかがテニスしに行こうと誘ってくれることもなさそうだったから、もうこれはあきらめるしかない。だって、曇り空が窓から見えるんだ。テニスをしようとは思わないだろ。

 携帯電話は机の上に乗っている。
 充電器を挿したまま、無言で乗っている。
 
 じゃあ自分で電話して誰かに来てもらえばいいじゃないか。
 もう一人の僕がそう言ったけれど、生憎ベッドから起き上がってたかが机までの距離を歩く気力がまったくない。
 そんなものあったら、家の戸棚のどこかにあるだろう風邪薬だって手当たり次第にひっくり返して探す元気だってあるわけだから。

 そういうわけで、僕はぐるぐると回る白い天井を見上げたまま、何をするわけでもなく、眠れるわけでもなく熱にうなされながらポカリスエットのペットボトルを握り締める。
 ああ、もう一口分くらいしか残ってないじゃないか。

 このまま干からびて死ぬかも。

 頭が痛い。
 体が熱い。
 喉が痛い。
 幸いともいえない感じに鼻水は出ない。

「…跡部、」
 英二はないとしても、跡部は電話を掛けてきてくれないかな。
 でも電話を掛けてきてくれたとしても、机の上に乗っている携帯電話を取りに行けない。
 多分起き上がれない。
 頭がぐらぐらして、ぐわんぐわんして、ガンガンしてるんだから。

「掛けてこいよなー電話のひとつくらい…僕のこと好きなんだったらさあ、死に掛けてるときくらいどーにかこーにかさあ、察知しろってんだよ、そんくらいしろってんだよ、普段何にもしてくれないんだから」

 どうにもならなくて、それこそ呻くように文句を垂れてみたら喉が痛くて頭が余計にガンガンした。声がカラカラしていて、思った通りには言葉はでなかった。掠れて惨めな僕の声。
 跡部のせいだ。
 そうだ、跡部のせいだ。

 なんて、半ば八つ当たりで思ったときだった。
 

 机の上の携帯の着メロが鳴った。
 ホテル・カリフォルニアのメロディ。
 
 この着信音が鳴るのは、たった一人しかいない。そういうふうに設定してある。

 跡部だ。

「…っ、」


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