別に、今さら怪談話が怖かったり、そういう類の話を聞いてトイレに行けなくなるような歳でもない。
ただ漠然とそういうこともあるのかなって信じて見たり、そんなことあるわけないよと疑ってみたり、曖昧だったり、どうでもよかったりするのだけれど、やっぱりそういう話を耳に挟めば気にならないといえば嘘になる。
そのくらいどうでもいい興味本位のヤツラに話してやるのにはちょうど良い、僕の、世にも奇妙な物語。
聞いてみたいだろ?
*020:合わせ鏡
「…だからさあ、前に話してたの、そこの鏡だよ。合わせ鏡になってるだろ?」
通り抜けざまに、半開きになっていた洗面所のドアを指差して僕が言った言葉に、跡部は興味本位半分無関心半分といった感じにその隙間から中を覗き込んだ。
洗面所の鏡の後ろに、姿見の鏡が置いてある。
家を建てたときに作り付けにしてもらっていて、だから、そう、昔からある。
多分姉さんか母さんが欲しいと言ったのだろうけれど、僕は家を建てたときまだ物心つかないくらいだったから、事の真相は分からない。
ただ、合わせ鏡になってしまった僕の家の洗面所は、今現在もどちらかが欠けることなく合わせ鏡だった。
「合わせ鏡って、日本人は嫌うもんなのにな」
「うちの両親や姉さんはそういうことは無頓着だから」
呆れ半分笑ってやると、跡部はどう答えて良いものか苦笑いをしただけでドアから視線をそらした。
「…あ、先上がってて。飲み物、持ってくから」
「はいはい」
最近は、勝手知ったる何とやらで跡部も気を使うことなく僕の部屋に無断で上がって行ったりもする。そういう気を使ってくれない行為が僕には少し嬉しかったりもするのだけれど、それを本人に言うのは抵抗があったから今の所は黙っててやる。いつか、話すかもしれないのだけれどそれは随分先のことに思えた。
「アイスティーでいい?」
「ストレートな」
「了解ー」
欠伸を漏らしながら階段を昇っていく後姿を三秒だけ見つめて、僕はキッチンへと向かう。
ほんの少しだけ、微笑とも苦笑ともつかない一人笑いを零して。
今更になって思うのも妙な話だけれど、小さい頃は随分寂しかった。
両親はまだ共働きで、小学校低学年だった僕にはあまり打ち込めるものもなく、歳の離れた姉は歳の離れた弟に構うことよりも、もちろん友達と遊びまわる方が好きだった。まだ小さかった弟は両親の仕事が忙しいかった、あの数ヶ月間を祖父母の家で暮らしていた。
もしかしたら彼も寂しかったのかもしれないけれど、それを確かめる術をそのころの僕は持ち合わせてはいなくて。
あの数ヶ月間、僕は家に独りきりだった。
朝目覚めると同時に両親は仕事へ行き、姉は家に帰らない日もあったし、帰って来ていても居るのだか居ないのだか分からなかった。
学校がある日は学校へ行き、家に帰れば誰も居ない。
夜は母が朝作り置きして冷蔵庫に入れて行ってくれた食事を電子レンジで温めてもちろん一人で食べるような状態で、一人で風呂に入って歯を磨いて次の日の学校の準備をしてそうして、ベッドに入って朝になればろくに覚えてもいない夢を見る頃に両親は帰って来てそうして一日は終わる。
朝起きればまた始めに戻って、その繰り返し。
そういう毎日。
僕はと言えば、人一倍怖がりで、人一倍強がりで、人一倍手の掛からない子供だった。
大人たちには手を煩わせない、理想の子供だった。
子供たちには物静かで大人ぶってる、気に食わない子供だった。
そういうわけで僕は独りだった。
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