音楽って意外と便利なんだよ。
 自分が思ってること、言葉にしなくても簡単に伝えてくれる。


 だから僕は好きだよ、そういうの。






 真夏の夕方、跡部宅のベランダにて。







*018:ハーモニカ





「…、」

 不二はすごく聞きたくなかったものを聞いてしまったときのような、酷いノイズを聞いてしまったときのような、要するに酷い顔をした。
「…うっせェよ、分かってるっつってんだろ。」

「まだ何も言ってないけどね。」
 不機嫌そうに顔をしかめた跡部に、不二は冷静なツッコミとも何ともつかない言葉を掛ける。
 
「でも何でそんなに下手なの?ハーモニカに限って。」
 不二は跡部の手からさっさとその銀色のハーモニカを奪い返して、ベランダの柵の間から両足をぶらぶらさせて。
 そっと唇を付けると息を吹きこんだ。
 命を一緒に吹き込まれたみたいに、それは鳴る。
 
「悪かったな、下手で」
 呟くように言った跡部に、不二は苦笑を漏らして見せた。跡部がいつもする苦笑よりは少しだけ柔らかい感じのする苦笑い。
「…別に悪いとは言ってないけど。ピアノは弾けるのにね」
 
 不二は跡部から奪ったハーモニカに口付けて、簡単な旋律の曲を吹く。
 エリック・サティのジムノペディ第1番。
 ただ単に昨日姉が居間でバイオリンを弾いていて、それがその曲だっただけの話。
 不二自身、そのラインが好きだったりもしたから、思い出して吹いてみただけだ。

「ジムノペディ?」

 隣で跡部が笑った感じがして、ふと不二は吹くのをやめる。
 跡部は隣に置いてあったエビアンのボトルを一口飲むと、また不二からハーモニカを奪い返してみた。
「…跡部も弾いてたよね、昔」

「昔はサティとかが好きだったんだよ」

「今はどっちかって言うとショパンだよね、跡部は」

 言うと、跡部はさっき不二が吹いていた旋律を真似て、吹き始める。
 けれど、それはよろよろしていて、頼りなくて、はっきり言うと下手で。
 だから不二は可笑しそうに笑って「そこ、シャープ1個抜けたよ」と言ったら、息継ぎの間に跡部は「分かってる」と言って顔をしかめた。

「じゃあ次は『Je Te Veux』」

「…吹けって?」

「僕にじゃあ吹けないの?」
 しゃあしゃあと言って、不二はさっき跡部が飲んだエビアンを奪うと一口飲む。
 それからチラリと跡部を盗み見て、可笑しそうに笑った。
「…。」
 跡部といえば、苦笑のような失笑にも近い、何ともいえない笑いを浮かべてハーモニカに唇を付ける。
 息を吹きこんで、旋律をなぞると。

「うっわー、一段と下手さが際立つね。」
 可笑しそうに不二は笑いながら、それでも跡部のその曲を聴いていた。
 けれど、少しして、不意に跡部からハーモニカを奪い取って、今しがた跡部が吹いていた曲を吹き始めた。
 
 明るいワルツ。
 爽やかなその曲。

 跡部が吹くよりも全然マトモなその曲を、不二はきりのいい所で止めると、また可笑しそうに笑った。
「僕から、君に。」
 水をまた一口飲むと、不二の白い喉がこくりと動いて水を下した。
「…どーも。」
 跡部は面白くなさそうに、不二から水を奪い取ってキャップを閉める。

 それから不意に跡部は不二の唇を捕らえて。
 触れるだけのそれですぐに離れた。
「お返し」
 呆けたような不二を馬鹿にしたように鼻で笑って、跡部はベランダから立ち上がる。
 空を仰ぐとキレイな橙色が雲を染めていて、明日も晴れるな、なんてぼんやりと思った。

 さっきまでけたたましく鳴いていた蝉も静かになって。
 不意に涼しい風がベランダを抜けて行った。心地よい夜の風だ。

「…跡部ってさ、ヤラシイよね」

「…うっせ。どっちがだよ」

 頭を掻いてぼやいた跡部に、不二はやっぱり可笑しそうに笑って空を仰いだ。

「じゃあ、お互い様かな」


「…あ、そ」


「後でピアノ弾いてよ」


「………あとでな。」






END
8/4/03

BACK

 Je Te Veux は言わずと知れたサティです。
 英訳はアイウォンチュー。笑。

 跡部は趣味程度にピアノを弾けるかな。
 でも多分ショパンは大丈夫でもリストは弾けない程度。
 あ、でも革命のエチュードはギリギリな方向で。笑。

 あの曲好きです。どーでもいいけど。
 


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