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「…跡部ー…」

 だらだらと、不二は図書館の机に突っ伏して、囁くよりももっともっと小さな聞こえないくらいの声で言葉を漏らした。
 静か過ぎる図書館内。
 オレンジ色の夕日が窓から射してきていて、机の上に広げた数学のノートが同じ色に染まっていた。
 キレイなオレンジに、不二は自分の手のひらを透かしてみる。

「…何」

 少しの間の後に、跡部の返事。
 ひそめたときの跡部の声は思いのほか低くて、だから何でか不二は違う人間の声を聞いているような気分になって、突っ伏していた頭を上げて跡部の顔を見やった。
 机の向かい側の席で、跡部はマジメに問題集の問を解いている。
 ちょうど同じ時期にテストが重なっていて、その勉強を一緒にしていた。
 というか、不二が跡部に勉強を教えてもらっていた。
 ああ見えて跡部景吾は学年次席だ。主席は忍足侑士。それこそ『ああ見えて』だけれど。

「疲れた」

 ルート計算の式が連なっているノートを一瞥して、不二は気だるげに跡部の方へ腕を伸ばす。
 跡部の消しゴムを指で弾くと、ちょうど跡部が書き込もうとしたそのペン先へと飛んで行った。
 消しゴムは小さくなっているのにも関わらず、律儀に紙のケースに入れられたまま使われていて、なんだかそれがおかしくて不二は気付かれないように小さく笑う。声を立てずに唇だけで笑うと、跡部が怪訝そうにノートから顔を上げた。
「…さっき休憩しただろ。その問、解けたか?」
 跡部の声が鼓膜に心地よい響きがする。
 そんなどうでもいいことを考えながら、不二はそっと跡部を盗み見た。
 オレンジ色が跡部にも射していて、髪の毛が茶色く透けていて、それでもって跡部の制服のシャツも薄いオレンジに見えた。
「ココ、解んない。」
 だらりとイスの背もたれに背を預けて、シャープペンの先でノートの式の一部分を指し示す。
 跡部はそれを覗き込んで、さっさと説明を始めてしまった。
 
 別に、その説明がわかりにくいワケではない。
 というか跡部は実際教え方が上手いと不二は思う。癪だから言ってはあげないけれど。
 同じ頭が良いタイプでも、忍足くんの場合はきっと勘でやってるから人には教えられない類の人だろうと、そんな推測を頭の隅でしながら、不二は跡部の説明を右から左に流して聞いていた。
 頭に全然入らない。

「解ったか?」

「…全然。」
 唇の先を尖らせて、不二はちょっとだけ詰らなさそうに言ってみる。
 跡部がもう帰ろうかとか、休憩しようとか、そういうことを言ってくれるワケないのはわかっているけれど、一応言ってみる。
 けれど、やっぱり不二の予想は的中していて、跡部はほんの小さなため息を漏らして、同じ説明をさらに噛み砕いてしてくれるらしい、もう一度シャープペンのさきで公式を指しながら何やら説明をし始めた。

「この場合、ここの値が割り切れないからこっちの公式になる。で、ここのaの部分にこの数値を入れて…」

「跡部って将来学校の先生か塾の講師にでもなればいいと思うよ」
 でもまあ、跡部子供相手に仕事はできない性質だろうけどね、なんて内心つけたすと、跡部は心底呆れたような疲れたような顔をした。
「…てめぇ、人の話聞いてねぇだろ」


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