*015:ニューロン



 神経細胞。
 神経系を構成する細胞のうち、刺激を受けて興奮し、また他の細胞に刺激を伝達する能力を持つ細胞。
 核を含む部分を細胞体と呼び、それに軸索と樹形突起の二種類の突起が付属する。
 ニューロン。

「だから、この樹状突起ってのが興奮性細胞から刺激をもらって細胞体に送るんだ、で、軸索からほかの細胞に刺激が伝達される」

 早口で説明をしたのは何も急を要したわけではなかったのだが、菊丸英二の集中力はたかが知れていたのでそれが途切れる前に説明を終えなければという不二の危惧が現れた結果だったのかもしれない。
 ただ、それで英二が理解できたかというとまた話は別だった。

「?」

 漫画だったら、その頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいる所だっただろう。
 そう容易く想像がつくぐらい、彼は不二の目の前で首を傾げてくれた。きょとん、とそれはどこか動物が、犬や猫がみせるそれと似通っても見える。
 テキストの分かりやすいカラーの図を指して説明しているのにも関わらず、英二の神経細胞は今の情報を受け取ってくれないらしい。
 当たり前だ。
 理科の授業を一年間眠ってすごしていたのだから、当たり前だ。
 頭痛を覚えた不二はそれに耐えるように図を指すのに使っていたシャープペンをぎりりと握り締めた。
 
(大丈夫、ちゃんと説明すれば英二だって分かってくれる。大丈夫、英二は馬鹿なんじゃなくて話を聞いていなかったからまったく分からないだけで、そう、だから馬鹿じゃない馬鹿じゃない馬鹿じゃ…)

「…だからね、この…これが、神経細胞。ニューロンだよ」
 図の全体を示してみせる。
 それから分かれた部分の突起を指して「で、その神経細胞の中でこっちが、軸索、こっちが樹状突起って呼ばれるんだ。それから、この真ん中のが核。これがあるところを細胞体って言う」

「…はあ」

「あのさ、英二」
 不二は改まって、机の向かい側に座って呆けた顔をしている英二に「教えておいてなんだけどね」と前置きをした。
「まあ覚えなきゃいけないことだし、大事なことだとは思うんだけど、人生にはまったくかかわりはないからさ、今頑張って覚えて、受験でテスト用紙にこの図が空欄つきで出たら、その空欄に名称を書いてさ、そのまま忘れ去って問題ないんだ。だから」
 ぎりぎりと握り締めたシャープペンが不二の手の平に食い込む。
「頼むから、せめて丸暗記してくれ」

「うん、ま、頑張るぜ?」

 まったく気負いしてくれていない英二のあっけらかんとした答えが、不二の頭痛に拍車をかけた。


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