*005:釣りをする人
土曜日の午後、じわじわとにじり寄ってくるみたいな暑さ渇き、それから陽炎と、喚き散らすみたいな蝉の声。
そんな感じの夏の午後。
僕と跡部は海にいた。
ただ部活がなかったっていう理由だけで、何でこんな遠出をしてるんだろうと不意に疑問を感じたけれど、それはそれ。
いつものことだし、そもそも僕らは気まぐれだから。
すぐ近くには、昔…去年だけど、跡部と二人で写真を撮りに来た砂浜がある。それから最近は気が向いたら来たりもする海。そこから数十メートル先の防波堤に、今はいる。
遊泳禁止のさらに魚も釣れないとだけあって、いつも人はいなくて人嫌いの僕としてはまあそれなりに気に入ってたりする場所だ。
「…暑いね」
「日除けとか何もねぇしな。」
嘆息して跡部はおもむろに鞄から財布を抜いて、こっちに放り投げた。
ワックスで整えてある跡部の髪の毛が、潮風に乱されているのが何だか珍しくてぼんやり見てたら鞄を落としかけて。でも跡部は怪訝そうな顔をしただけでそれに関しては何も言わない。
「飲み物買ってくる」
「じゃあ僕ミネラルウォーター」
すかさずリクエストをすると、別に返事を返すわけでもなく跡部は踵を返す。別に冷たいわけじゃなくていつものこと。
あれで予想外に世話焼きだから笑うのを通り越してただの馬鹿だよねって前に英二に言ったらバチ当たるぞって言われたんだけど、それってやっぱり間違ってる。
と。
…あれ?人だ。
ここの海に来て人を見かけること自体稀だから、何だか馬鹿みたいにその人を見ていた。
防波堤に腰掛けて、何でか釣れもしないはずの釣り糸をたらして、でもその視線は水平線に向かってる。そんなに歳を取ってるわけでもなし、もしかしたら20代かもしれないその男は、僕の視線に気付いたんだろう、怪訝そうな顔をするでもなく振り返って笑った。
ニコ。って。
ああ、嫌だ。
ああいう笑い方をする人間が本当に嫌いで嫌いで大嫌いで、それは何でかって言うと僕に似ているから。
でも、初対面の人間に嫌悪をむき出しにするほど僕は愚かじゃないわけだ。
「…ここ、釣れませんよ?」
やっぱり僕も笑って言ってみる。
でも、その答えは予想外。
「うん、知ってるよ。」
「…?」
じゃあ何してんの。聞きそうになるのを飲み込んで、僕は不思議そうな顔をしてみる。
「あ、やっぱり怪しいかな。ここで釣りするのって」
彼はぼんやりと考えるみたに言って、状況がよくわかっていない僕にまた笑った。
「ここ、景色いいでしょ」
「…そーですね。」
何なんだろう、変な人だ。
でもやっぱり気が狂ってるわけでもない、ただ世間話をしたい人なんだろうし、僕としても跡部が戻ってくるまでは暇だから話に乗る。
と、彼は苦笑に近い笑いを浮かべて。
「ただ見てるだけでも良いんだけどね。…ほら、いい年してぼんやりしてるのも変だから、口実かな、コレは」
ふふ。て笑って手にしていた釣竿を目で指した。
やっぱ変な人だ。
「…一人でずっと見てるの?」
何聞いてンの、僕。
なんて一人ツッコミが入る前に、暑さで狂ったらしい言語中枢はその質問を投げかけていた。
でも、彼は嫌がるわけでもなく微笑を浮かべたまま答える。
まるでずっと聞いてくれる人を待ってたみたいにも見えて。
「うん。君くらいのときは、二人で来たりもしたんだけど」
「…恋人?」
「うーん…、どうなんだろう。」
そう言った彼は、苦笑半分。そのまままた言葉を続けた。
「テニスが強くて俺様なヤツなんだけど、僕に甘いんだよね。馬鹿っぽいんだ」
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