*004:マルボロ



「何でタバコなんて吸うの」

 ぶっすーと不機嫌そうな不二をちょっとだけ見て、跡部はため息を吐いた。
「いいだろ、別にお前の前で吸うわけじゃねぇし」

「…ダメ」

 ぶー。
 不二は頬を膨らましてベッドにごろりと寝転んだ。
 天井には蛍光灯。
 チカチカと目に痛いそれをじっと見つめるとじんわりと涙が出た。
 生理的な涙。

「今日さ、保健の授業でやったんだよ」
「…何を?」
「…うん…」
 会話がかみ合わないのはいつものことだから、跡部も気にせずにそのまま流す。
 部屋のテレビはもう大した番組もやっていないし、さっさと電源を落とすと、跡部は不二を押しやって自分もベッドに寝転んだ。
 ごろごろごろごろ。
 不二は相変わらず天井を見上げていて、何を考えているのか分からないし。
 跡部はぼんやりとその横顔を見ていたけれど、不意に不二が起き上がった。

「タバコって美味しい?」
「…さあ」
「なにそれ」
「最初はクソ不味かったけど」
「けど?」
「何か…やめられねんだ」

 寝転んだまま不二を見上げると、その何を思っているんだか分からない瞳が跡部の顔を覗きこんだ。

「身体に悪いものほど美味しいんだって、姉さんが言ってた」

「…極論だけどな」
 跡部は苦笑いを浮かべて、寝返りを打つとそのまま枕に顔を埋める。
 眠いといえば眠いし、眠くないといえば眠くない。
 ただこのまま寝転んでいたら眠れるだろうと思うだけだ。

「僕にもちょうだい」

「………はぁ?」

「一本吸わせてよ」
 
 冗談かとも思ったけれど、やっぱり見上げた不二の顔は真顔で、跡部は困惑する。
 だって、あれほどタバコ嫌いなのに。
「ダメ?」
 やっぱり真顔なままの不二に、跡部はのそりとベッドから起き上がって、引き出しからタバコを一箱、それからコンビニの百円ライターを取ってベッドに戻ってくる。
 不二はじっとそれを見ていた。
 マルボロ。赤。
「…ほら、咥えろよ」
 一本箱から差し出すと、差し出されたそのまま不二はそれを口に咥えた。唇でそっと撫でるとカサリと紙の感触。
 タバコの独特の匂いが鼻腔を掠めて不二は微かに顔をしかめた。
「…」
 跡部はそのまま、ライターをカチッといじって火を点ける。
 ライターの上を揺らいだ炎を、不二が咥えているタバコにそっと近づけてやった。
 ジリっと、先端が赤く燻る。
 

 瞬間。




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