*001:クレヨン




 ごそごそ。

 そんな感じに自分の机の引き出しを漁って不二は振り返る。

「この間ねー、クローゼットの片付けしてたら出て来たんだ」

 要点を得ない、というかむしろ主語がないその文を右耳から入れて、跡部は左へ垂れ流したいと思う。垂れ流したいのはやまやまだけれど、大概それは不二によって阻止されたり強制的に脳みその方へと突っ込まれたりするのだ。

「ヒトの話、聞いてる?」

「…聞いてるけど、主語入れろ。意味わかんネェ。」
 ぶっきら棒に言い返して、ベッドの上で仰向けに寝転んだまま雑誌をぱらぱらめくる。
 それは跡部がここに来る数時間前にコンビニで立ち読みしていたメンズのファッション雑誌で、あー買わなくて正解だ。なんて跡部が違うことを考えているのもきっと不二にはお見通しだったりするんだろう。
 案の定しかめっ面の不二が、雑誌をひったくって視界前面に姿を現した。
 ゴミみたいに雑誌を放り投げるとそのまま跡部の腹の上にまたがって、鼻をつまんだり何なりしてくるから跡部は堪らない。

(ガキじゃねェんだから、止めろよマジでウザイ。)

 なんて言おうものならきっと不二の日ごろ鍛えられた腕力からなる鉄拳が飛んでくること間違いなしだから、跡部も黙って相手をしなくちゃならない。

「…で?何が出たって?ゴキブリか?」

「死にたいの?」

「いいや。」

「コレだよ、クレヨン。幼稚園の時のなんだ」
 古ぼけた細長い箱を不二は跡部に突きつける。
 相変わらず馬乗りになった体勢のままだけれど、そこら辺、不二的には気にする要因でもないらしい。跡部的には、腹が苦しいけれど。

「…ふーん。」

 どうとでも取れるような相槌を打って、跡部は何気なくその箱を受け取ってみた。
 紙製の箱で、何の変哲もないペンてるのクレヨン。
 12色セット。
 箱を裏返してみると、すみっこに平仮名で『さくら組ふじしゅうすけ』と書いてある。
 多分マッキー極細で書いたんだろう名前だ。
 絶対こういう学用品の名前は嫌って言うほどマッキー極細。親としては油性だし書きやすいしもってこいなんだろうが入学シーズンに一体メーカーがどれだけ儲かっているのかちょっと気になるところだ。

「『さくら組』ね。…アレだな、今思うと『何とか組』って数字じゃない分、紙一重でヤクザみてェだよな。」

 跡部としては素直な感想だった。
 実際クレヨンに対する感想かと問われれば多少ずれていなくもないが、素直な感想だから別に悪気があるわけじゃない。大体悪気があったら不二となんか一瞬たりとも居られない。殺されるからだ。
 でも、不二はそれがお気に召さなかったらしく、相変わらずのしかめっ面。

「もっと違うこと言えないの、君。」

「…ンだよ」
 不二と同じ様にしかめっ面した跡部。
 不二は不二でしかめっ面を上っ面の微笑に代えて言い放った。
「懐かしいとか懐かしいとか懐かしいとか、ね。」

「…『懐かしいな』。」
 じゃあ言ってやるよ。
 思って言ったら、不二は跡部の額を指先で思いっきり弾き飛ばした。
 デコピンなんて可愛いものじゃなくて、一撃必殺だ。
「ッ、痛ってェ!」
 
 今鏡を見たらきっと赤くなってるどころか血が滲んでてもおかしくないはずだ。
 そのくらい痛かった。多分タンスの角に小指をぶつけた時並みの痛さだろうと跡部は推測する。久しぶりに喰らった。
「心がこもってない。ていうか、ヒトが言ってから言っても無駄」

「…。」
 返す言葉も見当たらず。
 跡部は不二の言葉を流して、何気なく箱を開けてみた。
 中身が出ないように腹の上から不二を転がり落として、寝返りを打ってうつ伏せになってから、紙製の上蓋を外す。

 と。


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